平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消請求事件

原 告  特定非営利法人情報公開市民センター
被 告  外 務 大 臣 川 口 順 子

原 告 準 備 書 面 (4)

平成14年11月19日
東京地方裁判所民事第2部 御中

原告訴訟代理人弁護士 






高 橋 利 明
大 川 隆 司
羽 倉 佐 知 子
清 水 勉
佃 克 彦
土 橋 実
関 口 正 人
谷 合 周 三
  目  次

第1 不開示情報該当性の主張・立証責任と事実主張の程度

第2 被告の挙証責任分配論への反論

第3 被告の不開示情報該当性の主張

第4 審理のあり方と被告主張への反論

第5 すでに「相当の理由」は消滅している

第6 時代の針をMink事件以前に戻そうとする被告・外務省

〔準備書面〕
 不開示事由該当性の主張立証責任が被告・実施機関にあることを被告は認めているが、その実はきわめて不十分であり、判例・学説や情報公開法の成立過程での政府見解さえも無視する体がある。原告は、これについて第一準備書面においても指摘したところであるが、再度、これについて述べることとする。

第1 不開示情報該当性の主張・立証責任と事実主張の程度
1 不開示情報該当性の主張立証責任

(1)松井茂記教授は、情報公開訴訟において、開示請求対象文書に含まれる情報が例外事由に該当するかどうかについての「立証責任は、文書を保有する行政機関の側にあると考えるのが妥当である」(「情報公開法」366頁)としている。そして、その理由を「もし原告に立証責任があるなら、原告に、開示請求対象文書に含まれる情報が例外事由に該当しないことの立証が求められる。開示請求対象文書に含まれる情報を知り得ない原告にとって、これは不可能を強いるものである。」としている。

(2)行政機関に立証責任があることは、情報公開条例に基づく情報公開訴訟において確立した判例となっている。すなわち、平成6年2月8日最高裁第3小法廷判決は、開示請求対象文書の開示は懇談の相手方等が了知されることになり、事務事業の遂行に支障が生じるとの上告人・大阪府水道局の主張に対して、「本件文書に記録された情報について、その記録内容自体から、あるいは他の関連情報と照合することにより、懇談会等の相手方等が了知される可能性があることを主張、立証する必要があるのであって、上告人において、右に示した各点についての判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証しない限り、本件文書の公開による前記のようなおそれがあると断ずることはできない」と判示し、実施機関による立証責任を認めて公開を命じたのである(判例時報1488号3頁)。右最高裁判決以前においても、平成3年1月21日、東京高裁判決(行集42巻1号115頁)は、実施機関が不開示事由該当性の主張、立証責任を負うとし、行政運営情報に関して、開示による支障については抽象的な主張では足りず、具体的な立証を要すると判示している。また、前記最高裁判決後の平成10年11月13日の宮崎地裁判決は、次のように判示して、被告・実施機関に立証責任を認めた。
「(1)本件非開示文書部分に非開示条項に該当する情報が記載されていることは、本件処分の適法性を基礎づける事項であること、(2)本件条例は、県民等はあらゆる公文書の開示を請求することができることを原則としつつ、非開示条項に該当する情報が記載されている公文書については、例外的に開示しないことができる旨定めていること、(3)被告は本件文書の記載内容を了知しているのに対し、原告はこれを知らないことを考慮すると、右の主張、立証責任は被告が負担すべきものと解される」としたのである(判例時報1709号20頁)。十分に説得力を有した説示である。

(3)宇賀克也教授も、前掲の諸判決ほかの判例を挙げた上、「情報公開法は、主張・立証責任の規定を置いていないが、情報公開条例に関する確立した判例法を前提として、明文の規定を設けなかったものと考えられる」としている(宇賀克也「情報公開法・情報公開条例150頁」)。

2 5条3号で被告のなすべき主張・立証

(1)情報公開制度の下では実施機関が不開示情報該当性についての主張立証責任を負うことについては前述のとおりであるが、判例上、「非開示の決定がなされた場合、その妥当性を立証する責任は実施機関が負うとする点に異論はない。」(右崎正博「情報公開条例訴訟の動向分析」 講座「情報公開」所収542頁)。被告も立証責任を負担していることは認めるところである。そして、この原則は、各号ともに同様である。5条各号が定める不開示情報の内容と類型が異なるから不開示情報該当の各要件はそれぞれ異なるのであるが、当該処分が、各不開示条項が定める要件を充足するものであることの主張立証責任は、被告が等しく負うものである。

(2)これを5条3号についてみれば、その主張立証の対象は、「公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」である。この3号の全要件、すなわち、法5条3号の不開示情報の定義にあたるものが証明の対象事項である。
 そこで、法5条3号の不開示情報の定義を分説するが、畠基晃氏の解説が正当であろう。「情報公開法の解説と国会論議」によれば、法5条3号の不開示情報の定義は、「公にすることにより、@国の安全が害される、A他国又は国際機関との信頼関係が損なわれる、B他国又は国際機関との交渉上不利益を被る、のうちいずれかの『おそれがある』ということを、『行政機関の長が認めること』、そして、行政機関の長がそのように認めることについて『相当の理由がある』こと、以上の条件を充たす情報が不開示情報となる」(同書60頁)としている。要するに、被告・実施機関は、(a)当該文書には、3号所定の情報が記載されていること、(b)それについて、公開すると3号所定の支障が生ずるおそれがあると判断したこと、(c)そのように判断したことについて相当の理由があること、の最小限3要件を主張立証する責任があるのである。

(3)不開示情報該当性の立証責任については、情報公開法案の国会審議でも問題となった。参議院総務委員会において、瀧上行政管理局長は、「行政機関の第一次判断が、合理性を有する範囲内のものであるかどうかといった点については、行政機関の方で立証する」と答弁しているのである。行政機関の長の判断が合理性を欠くとの反論権が請求人・原告にあることはもとよりだが、まずもって、被告・実施機関に「合理性の範囲内」(もしくは「相当の理由」)の挙証責任が存在するのである。

(4)行政機関の長の第一次判断を尊重するということは、請求人(原告)や裁判所が、ただそれを無批判的に受け入れるということを意味しない。行政機関は、まずもって、「合理性の範囲内」の有無を客観的に検討するための基礎事実として、不開示情報の外形的事実など情報の概要や審査過程(審査基準のあてはめ)を明らかにした上、判断の合理性を示す規範的な評価を加えた主張をなすべきなのである。こうした解釈は、政府答弁とも符合するのである。すなわち、瀧上審議官は、「この規定に該当する情報であっても、まず行政機関の長は相当の理由の有無についてこの法律の趣旨に沿って適正に判断すべきであり、また、裁判所の司法審査を一切排除するものではなく、訴訟が提起されれば、裁判所は、行政機関の長の判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるかを審査することになるので、行政機関の恣意的な運用を許容するものではない。」と答弁している(第142国会、衆議院内閣委員会、第11号5頁、平成10年6月4日)。「行政機関の恣意的な運用」をチェックするには、最小限、前記主張の事実関係が法廷に検出される必要があるのである。

3 挙証責任の配分は、5条各号で異なることはない

 5条各号の不開示情報該当性の要件ないし司法審査の対象が、1号と2号、3号と4号、5号と6号でそれぞれ異なることは改めて言うまでもないことである。司法審査において  は、1号、2号にあっては、当該文書における一定要件の「個人情報」なり「法人情報」の存否が客観的にチェックされ、5号、6号にあっては、各種の「おそれ」の存否が客観的に審査される。これに対し3号、4号では、被告が主張するように、「行政機関の長の第一次的判断を尊重する」趣旨から、司法審査の対象が「おそれ」の存否そのものではなく、「……おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由」とされたのである。司法審査の対象において、このような差異はあるが、挙証責任の配分にはいささかの変更も生じてはいないのである。情報公開の実施機関は5条各号が定める不開示情報該当要件についての主張立証責任を負う、との原則は、5条各号について課されている共通、不変の原則なのである。

4 被告がなすべき主張の程度

(1)法5条3号及び4号の規定については、法案審議の段階から、不開示によって保護される法益の抽象性や「おそれ」という用語のあいまいさが問題となり、行政庁の恣意的な判断が不当に拡大する危険が指摘された。その上に、「……おそれがあると機関の長が認めることにつき」との文言に変更されたことで、実施機関の裁量権が過大となることの危惧が問題となった。本件被告の主張に接して、この危惧が杞憂ではなかったことが証明された感があるが、それはともかく、行政機関の長の裁量権が野放図に認められるものではないことは言うまでもない。

(2)この「おそれ」と「相当の理由」の語義ないしそれらの事項の主張・立証の程度について、小早川光郎教授は、その著「情報公開法・情報公開条例」において、行政機関の恣意的な運用を厳しく戒めるとともに、法は「客観的に説得力を有した理由づけ」を求めていると次のように述べている。
 「次に、『おそれ』の文言についてであるが、この語は、一般に法令上、『望ましくない事実又は関係が生ずる可能性』という程度の意味で用いられている。ここでは、まず、法の全体の文脈として、不開示規定該当の判断をするに当たっては、そのような「『可能性』があると行政機関の長が認めることにつき」、法一条の規定の趣旨をふまえた三号規定または四号規定のいう『相当の理由』が備えられることが要求されているということに留意する必要があろう。そして、ここでいう『相当の理由』は、ただ漠然とした不安や危惧を示すのみでは充分ではなく、いわんや、かつての『依らしむべし、知らしむべからず』といった表現に象徴的な国民を愚民視した判断に基づくものである場合には法の趣旨に反すると解される。結局のところ、確かに『おそれ』という文言はそれ自体一種の拡大解釈を助長する可能性を潜在的に有するものではあるが、法によって構築された制度を客観的に理解するかぎり、そこではなぜ不開示とせざるを得ないのかについての突き詰めた判断が当該行政機関の長には要求されているものと解される。このことはまた、次に述べる裁判所の審査との関連では、不開示決定あるいはこれに対する不服申立てに係る「行政機関の長」は、これに耐えるだけの客観的に説得力を有した理由づけを行うことが要求されているということを意味しよう。」(102頁)。

(3)こうした前提に立てば、被告は、最低限、報償費支出の外形的事実を示した上、被告が原告からの開示請求に対する諾否の審査で行ったであろう審査基準に基づく判定結果(どの文書が、どの規準に該当したのか)を説明すべきことになる。被告の不開示情報該当の説明は、行政一般の説明や解説に終わってはならないのであり、審査基準に照らした規範的な判断が示されるべきなのである。なお、宇賀克也教授は、条例に基づく情報公開請求の不開示処分の「理由付記」に関しての論述であるが、「行政手続条例下では、理由提示に際して公にされた審査基準との関係も明らかにすべきである」としている。正当な見解である(「情報公開法・情報公開条例」156頁)。

5 「理由付記」の要請も「挙証責任」の延長線上

(1)情報公開条例に基づく請求であっても、情報公開法に基づく請求であっても行政庁が不開示処分をなす場合に理由付記が求められている。
 その理由付記が不十分であれば、そのことの故に不開示処分が取り消されることも、改めて指摘するまでもないところである。一例を挙げれば、平成4年12月10日最高裁判決である。同最高裁判決は、不開示決定の通知において、住民・原告に対して、非開示の根拠規定を示しただけの不開示処分を違法として、東京都の不開示処分を取り消している。その判旨は次の通りである。
 「非開示理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してそのし意を抑制するとともに、非開示の理由を開示請求者に知らせることによって、その不服申立に便宜を与える趣旨に出たものというべきである。このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、公文書の非開示決定通知書に付記すべき理由としては、開示請求者において、本条例9条各号所定の非開示事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得るものでなければならず、単に非開示の根拠規程を示すだけでは、当概公文書の種類、性質等とあいまって開示請求者がそれらを当然知り得るような場合は別として、本条例7条4項の要求する理由付記としては十分でないといわなければならない。」(判例時報1453号 116頁)。

(2)不開示処分に理由付記を義務づける直接の理由は「非開示理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してそのし意を抑制するとともに、非開示の理由を開示請求者に知らせることによって、その不服申立に便宜を与える趣旨に出たもの」であるが、この「理由付記」の制度的理由は、不服審査や取消訴訟における行政庁側の挙証責任と同根である。この最高裁判例の趣旨からみても、不開示の理由を行政事務の一般的な説明で置き換えたり、事実上不開示条項を挙げるだけのものでは、法の求める説明責任を果たしたとは言えないことが明らかである。

(3)宇賀教授は、前出「情報公開法・情報公開条例」において、前記最高裁判例をふくむ「理由付記」に関する諸判決に論評を加えたあと、次のように行政側の怠慢を厳しく指摘している。不開示処分については、審査基準との関係も明らかにすべきとしているのである。このことは、取消訴訟における被告・実施機関の挙証の程度を量るについても参考とされるべきである。
 「以上の判例を概観すると、一般的にいって、いま少し厳格に理由附記を要求してよいのではないかとの印象を拭えない。たしかに、情報公開の場合には、不開示にした文書の内容自体を明らかにしてしまうような理由附記ができないという特殊性があることは事実であるが、かかる特殊性を考慮しても、個々の事案をみると、文書の内容自体を明らかにしない範囲で、より詳細な理由附記が可能であったと考えられる事例がある。また、情報公開条例に基づく開示請求は、行政手続条例上の申請に該当するので、行政手続条例に基づき審査基準を作成して公にする義務が生ずる。行政手続条例下では、理由提示に際して公にされた審査基準との関係も明らかにすべきである」(156頁)。

6 衆・参両院委員会の付帯決議

 情報公開制度で、それを活かすも殺すも、まず第一は行政機関の情報公開に対する誠意と法遵守の履行である。別言すれば、行政機関の長の恣意的な運用の防止である。この点は、当然に、情報公開法案の審議での焦点にもなった。このことを反映して、衆議院でも、参議院でも「行政機関の長」の恣意的な運用に対する歯止めの付帯決議が行われた。その第一項の決議文は両院の関係委員会で同一となっている(平成11年2月12日・衆議院内閣委員会。平成11年4月27日・参議院総務委員会)。次の通りである。
 「開示・不開示の決定について行政機関の長の恣意的な運用が行われないようにするため、各行政機関において開示・不開示の判断をする際の審査基準の策定及び公表並びに不開示決定をする際の理由の明記等の措置を適切に講ずること。」となっているのである。
 こうした付帯決議は、行政機関の長の恣意的な運用を戒め、不開示の場合の理由の明記を厳しく求めるとことはもとより、不服審査や取消訴訟においては、不開示事由の主張立証を行政機関の長は尽くすべきことを求めているのである。
第2 被告の挙証責任分配論への反論
1 被告主張の「一般原則」及び「法5条3号」の挙証責任論

 被告は、「不開示決定取消訴訟において、同法5条各号の不開示情報該当性の根拠事実に関しては、原則として被告が主張立証責任を負う。この点をさらに述べれば、被告は、@当該行政文書に「情報」が記載されていること、A当該「情報」が同法5条各号に該当することを主張立証することになる」と原則論を述べる(第一準備書面27頁)。原告も、被告・実施機関が不開示情報該当性の立証責任を負担するとの趣旨については異論はない。
 しかし被告は、5条3号の要件判断については、前記原則と異なるとして、次のように主張する。すなわち、「法5条3号の要件判断については、行政機関の長に裁量権が付与されており、その適否に関する裁判所の審査は、行政機関の第一次的判断を尊重し、それが合理性を持つものとして許容される限度内のものであるかどうかという観点からされるべきである。このような場合には、行政事件訴訟法30条が適用されるものであるから、上記の原則的な考え方と異なり、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実については原告が主張立証責任を負担するというべきである。」とし、続いて詳述するとして、「被告が、抗弁として、当該行政文書に「情報」が記録されていること、及び、当該「情報」が同法5条3号に該当するという点に関する判断について裁量権を行使し、その充足を認めたことを主張立証した場合、原告において、再抗弁として、被告の判断が裁量権の範囲を超え、又はその乱用があったことを基礎づける事実を立証しなければならないのである」と主張している(同27〜28頁)。この趣旨の説明は、再三繰り返されている(第4準備書面の冒頭など)。

2 行政事件訴訟法30条の適用と一般的な考え方の誤り

(1)被告は、「法5条3号の要件判断については、行政事件訴訟法30条が適用される」とする。しかし、このような見解は情報公開法の解説書には見られないものであり、被告の独自の見解であると言わざるを得ない。法5条3号には、「行政機関の第一次的判断を尊重」する趣旨が盛り込まれたために、「……おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」との規定になったのであるが、畠 基晃氏の解説(「情報公開法の解説と国会論議」60頁)にある通り、不開示の判断には厳格な要件が法定されているのであって、行政機関の長も、この法定要件を満たさなければ不開示処分はできないのである。文書の開示が原則であり、開示・不開示は行政機関の自由裁量には任されてはいない。

(2)また、被告は、行政事件訴訟法30条が適用されるとの前提に立って、原告の開示請求対象文書の外形的事実も審査基準の当てはめも明らかにしない一方で、挙証責任を形式的に振り分け、原告が被告の裁量権の濫用を再抗弁として提出すべきものであるとしているが、近似の学説・判例は、そうした考え方自体を否定している。すなわち、「取消訴訟における立証責任の分配については、抽象的・一般的な原則を建てることなく、具体的事案につき、行政法規の趣旨・目的、行政処分の特質・立証の難易等を勘案し、正義と公平の要請に従い、個別的に決定すべきであるというのが、今日の支配的見解である」(渡部吉隆著・園部逸夫補訂「行政訴訟の法理論」190頁)というのであって、ここでも被告の主張は異端である。

3 被告主張の具体的配分論の誤り

 「被告は、当該『情報』が同法5条各号に該当することを主張立証することになる」という原則が、3号と4号では適用がないという趣旨の被告の主張は、まったく独自の見解というべきであって、成り立ち得ないものである。
 法5条各号で、不開示とすることによって守られるべき法益が異なるから不開示事由の要件はそれぞれ異なるのであるが、その要件の違いから挙証責任の配分が異なってくることがないことは前述の通りである。前に見たとおり、被告は、原則論の第2点目として、被告は「当該『情報』が同法5条各号に該当することを主張立証することになる」と認めている。5条各号は、原則公開の例外事由を定めるものであり、請求人に対する不利益処分の理由付けなのだから、各号所定の事由について行政側に挙証責任があることは明白である。3号と4号のケースでも、この原則から外れることはない。被告は、報償費の使途について一切を秘匿するため、万人の認める法解釈をことさらに歪めようとしているのである。被告が5条3号に該当するとして不開示処分の正当性を主張するのであれば、前述の通り、まずもって、「合理性の範囲内」の有無を客観的に検討するための基礎事実として、不開示情報の外形的事実など情報の概要や審査過程(審査基準のあてはめ)を明らかにした上、判断の合理性を示す規範的な評価を加えた主張をなすべきなのである。原告が被告の主張に対して反論権を持ち、また抗弁権を持つことは言うまでもないが、その以前に、被告は、前記最低限の責務を果たす義務を負っているのである。
第3 被告の不開示情報該当性の主張への反論
1 被告の主張の点検

(1)報償費の使途と本件各文書
 被告は、外務省の報償費の使用目的に係る事務は、@情報収集等の事務、A外交交渉等の事務、B国際会議への参加等の事務であるとし、被告の釈明(平成14年10月31日付書面)によれば、すべての報償費は、これらの三つの事務遂行の経費に限って使用している、とする。本件原告の開示請求対象文書は、報償費支出の決裁文書であるから、被告の主張からすれば、本件各文書はこれら三つの事務遂行にかかる経費の支出決裁文書であるということになる。

(2)法5条3号情報の該当性について
 被告は、本件各行政文書の不開示情報該当性について、次のように主張している。
 「被告は、本件各行政文書に記載されている報償費の支払いについての情報が、情報公開法5条3号に該当するかという点について裁量権を行使し、これが公にされることにより、情報収集その他の外交工作が阻害され、適切な外交事務を遂行することができないので、法5条3号に該当すると判断した。(中略)なお、付言するに、この情報は、これを公にすると、諸外国、国際機関が有する情報又は一般人が入手できる情報と照合され、さらには分析を加えられることにより、外務省の行う情報収集その他の外交工作の内容、対象、目的及びその協力者ないし工作対象者を推知され得るものであって、その場合、協力者に危害等が加えられることにより、その協力を以後得られなくなり、今後の外交工作活動が阻害され、ひいては外交事務の適切な遂行が妨げられるおそれがあり、さらには、他国若しくは国際機関との信頼関係にも支障を来たすおそれがあるから、『他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがある』とした外務大臣の判断が合理的であることは明らかである」としている(第一準備書面45頁)。

(3)法5条6号情報の該当性について
 被告は、「本件各行政文書に記載されている報償費の支払いについての情報は、公にされると、……今後、他国に情報収集その他の外交工作を妨害されるおそれがある。……適切な外交事務を遂行できないおそれが高くなる。信頼関係に基づいて行われる外交事務が適正に遂行できなくなるおそれがある。」などと主張し(同46頁)、したがって、本件各支払関係文書に関する不開示処分についての「被告の判断が正当なものであることは明らか」としている(前同頁)。

(4)不開示情報(報償費)の「外形的事実」について
 被告は、以上のような主張の前提に立って、被告第4準備書面及び同第5準備書面で、被告の言うところの「外形的事実」を主張してきた。その主張内容は、本件各行政文書の各記載欄を説明するだけのものに終わっている。文書の標目さえも、「個々の文書において標目を示す記載は、当該案件名、使用部署名、使用方法等に関連するため、これを具体的に明らかにすると、個々の報償費の使用状況が判明することになり、本件各不開示決定がその理由とするところの、情報収集その他の外交工作が阻害されるおそれ、適正な外交事務の遂行に支障が生じるおそれを生むことになる」(第5準備書面2〜3頁)として、これを明らかにしない。
 「外形的事実」のうち、たとえば、文書の作成者名については、「作成者名を特定して明らかにすれば、報償費を使用して行う情報収集や外交工作活動に係る事務の遂行者名、その事務の担当部署を明らかにすることとなり、その結果、それぞれの事務の担当者ないし担当部署(在外公館を含む)ごとにおけるこれらの事務の件数が知られることになる。そうすれば、その多寡、推移を分析することが可能となり、わが国が行っている情報収集活動、外交工作活動に関する方針、意図、動向、その前提とする外交方針等が察知されることとなる等の理由により、情報収集その他外交工作が阻害されるおそれ、外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」(同3頁)としている。
 起案・決済日についても、「起案・決済日を明らかにすれば、情報収集活動その他外交工作活動を行うための意思決定の時期が個々に明らかとなる。その結果、意思決定プロセスの一端をうかがうことができることとなるし、また、当該時期における国際情勢を踏まえた分析を加えることなどにより、いかなる外交事案に関して情報収集活動その他外交工作活動等が行われたかを推知し、分析することが可能となり」とし、その結果、外交方針等が察知されるので、外交事務等に支障が生ずる、とするのである(同6〜7頁)。
 こうして、被告は、「決裁書」の決裁事務手続と書式(「記載事項欄」)以外の何物も明らかにはしなかった(なお、本件不開示処分は、外務省本省と各在外公館で、各独立したものであるのに、これを一つの処分のごとく1069件を一体のものとして扱うのも違法である)。

2 被告の主張への反論

(1)被告の主張は法5条3号の要件を充たしていない
ア 以上に被告の主張を点検してきたが、被告の主張は、外務省所管の事務と報償費の使途の一般的な説明に終始するものであって、被告主張の1069件の支出決裁が、事実、被告主張のような使途に使用されたことを推認させる外形的事実は何一つ主張されていない。現状においては、被告は、ただただ、「1069件の支出は、本来の報償費の目的にしたがって使用されており、各文書が公にされると情報収集活動や外交工作に支障が生じる」と抽象的な主張を繰り返しているに過ぎない。被告が縷々、外務省の使命や役割を主張し、報償費の使途を説明するのは、外務省の建前上のあり方や役割、報償費の本来の使途を説明したものであり、現実の使途の説明ではない。
イ これまでに見たとおり、法5条3号所定の情報に該当すると言うためには、被告は、まずもって、「合理性の範囲内」の有無を客観的に検討するための基礎事実として、不開示情報の外形的事実など情報の概要や審査過程(審査基準のあてはめ)を明らかにした上、判断の合理性を示す規範的な評価を加えた主張をなすべきなのである。そうであるのに、被告は、文書の標目も、各支出の年月日も、金額も、決済日も決裁者の情報も提出しない。情報公開訴訟において、被告の要証事項については、「判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証しない限り」挙証責任を果たしたことにならないのである(前出平成6年2月8日 最高裁判決)。本件の被告の主張で、被告の主張責任を果したと言うのなら、国民や裁判所は、ただ黙って外務省の云うことを聞いていろ、ということになる。このような結果を招来することになる事実説明で挙証責任が果されたということにならないことは明らかである。この一点だけでも、被告の前記主張は、5条各号が規定する不開示情報の要件を充たしているとはいえないものである。
(2)被告の主張では、原告の「再抗弁」は不能である
ア 被告は、「被告が、抗弁として、当該行政文書に『情報』が記録されていること、及び、当該『情報』が同法5条3号に該当するという点に関する判断について裁量権を行使し、その充足を認めたことを主張立証した場合、原告において、再抗弁として、被告の判断が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実を立証しなければならないのである。」としていることは、前に点検した。そして、被告は、「被告の判断が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実」の立証責任を原告に負担させることが、公平にかなうとする理由について、「裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことに関する主張立証については、当該行政文書の同法5条3号に該当すると被告が判断した対象である「情報」が記録されていることについての主張立証を前提としたものであるから、原告が行うことは十分可能である。」と主張している(同27〜28頁)。要するに、原告が反論する前提事実が被告から提供されたのであるから、これに原告が反論することは可能の筈だというのである。
イ 前記「1」での議論を繰り返すことになるが、本件においては、被告は、ただ「1069件の支出は、本来の報償費の目的にしたがって使用されており、各文書が公にされると情報収集活動や外交工作に支障が生じる」と主張しただけで、報償費の外形的事実は何一つ明らかにしないままなのである。このように報償費の支出の影も形も主張をせずに、どうして、「(被告の)……主張立証を前提としたものであるから、原告が行うことは十分可能である。」ということになるのであろうか。常人には理解できない主張である。
ウ 挙証責任の分配原則に立ち返っても、被告の主張は成り立たない。不開示理由の挙証責任が行政側の負担となっているのは、開示が原則であるのに不開示処分を行うものである上、行政手続法の規定(8条ほか)により当然のことなのであるが、負担の実質公平という観点からの要請がある。松井教授は、「もし原告に立証責任があるなら、原告に、開示請求対象文書に含まれる情報が例外事由に該当しないことの立証が求められる。開示請求対象文書に含まれる情報を知り得ない原告にとって、これは不可能を強いるものである。」と説明していることは、本準備書面の冒頭に見たとおりである。そして、宮崎地判決も、「被告は本件文書の記載内容を了知しているのに対し、原告はこれを知らないことを考慮すると、右の主張、立証責任は被告が負担すべきものと解される。」としている。どこに情報があるのかという事情も、挙証責任を分配する上での重要な事項となっているのである。こうした観点からすれば、被告の前記の「まったく中身のない事実主張」を前提に、原告に具体的な「再抗弁」を行えというのは不可能を強いるものであって、挙証責任分配論からみて是認することはできない。
 再度、繰り返すが、被告の主張は、「国民や裁判所は、ただ黙って外務省の云うことを聞いていろ」ということである。このような司法審査を排除するがごとき違法、傲慢な態度が法治国家で許されるわけはない。

(3)「おそれ」の判断に相当性を欠いている
ア 被告は、本件文書、すなわち、ある報償費の支出決裁文書の作成者や決裁者が明らかになると、「わが国が行っている情報収集活動、外交工作活動に関する方針、意図、動向、その前提とする外交方針等が察知されることとなる等の理由により、情報収集その他外交工作が阻害されるおそれ、外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」(同3頁)という。また、「起案・決済日を明らかにすれば、……意思決定プロセスの一端をうかがうことができることとなるし、また、当該時期における国際情勢を踏まえた分析を加えることなどにより、いかなる外交事案に関して情報収集活動その他外交工作活動等が行われたかを推知し、分析することが可能となり」とし、その結果、外交方針等が察知されるので、外交事務等に支障が生ずる、とするのである(6〜7頁)。この件の主張を外務大臣自身が承知をしているのかどうかを知りたいところだが、被告もまた本件の指定代理人団も、正気の沙汰かと疑いたくなる主張である。
イ ある在外公館の担当者が、ある特定の日に、一定額の金銭支出の決裁をしたことが公になったとして、その後の情報収集や外交事務の支障があるとするには、あまりに牽強付会の議論であり、社会通念で理解し難い説明である。
 前述の通り、「『相当の理由』は、ただ漠然とした不安や危惧を示すのみでは充分ではなく、いわんや、かつての『依らしむべし、知らしむべからず』といった表現に象徴的な国民を愚民視した判断に基づくものである場合には法の趣旨に反すると解される。(中略)なぜ不開示とせざるを得ないのかについての突き詰めた判断が当該行政機関の長には要求されているものと解される。このことはまた、次に述べる裁判所の審査との関連では、不開示決定あるいはこれに対する不服申立てに係る『行政機関の長』は、これに耐えるだけの客観的に説得力を有した理由づけを行うことが要求されている」のである(前出 小早川光郎「情報公開法・情報公開条例」)。被告の主張(抗弁)は、到底これを満たすものではない。
ウ また、原告の第3準備書面で詳述したところだが、1069件の報償費支出決裁の中には、会計検査院が報償費の使途として相応しくないと指摘した、@国内又は海外で開催される大規模レセプション経費、A酒類購入経費、B本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費、C在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費、D文化啓発用の日本画等購入経費が含まれているはずである。これらの支出決裁文書の起案日、作成日、作成者や支出金額などが明らかになったとして、いかなる理由で「外交方針が察知される」とか「外交事務に支障が生ずる」と云うことになるのだろうか。
エ 被告の主張は、どの観点から見ても、「客観的に説得力を有した理由づけ」(前出 小早川)とは無縁の答弁であることは明らかである。被告が裁量権を行使して、すべてを闇に隠そうとするのであれば、その裁量権の行使は、まさに濫用の極みというべきである。
第4 審理のあり方と被告主張への反論
1 争点の解明のために必要な審理

(1)本件取消訴訟のテーマを絞り込むと、@本件各文書は本来の報償費の使途に適合した支出の決裁文書であるか、A本来の報償費の使途に適合するものであるとした場合、それを公開すると情報収集や外交工作事務に支障が生じるとして不開示処分をした被告の判断に合理性があるか、の2点である。報償費の支出決裁文書であることの故に、5条3号の不開示文書となるのではないことは明らかである。したがって、前項でも指摘したが、@国内又は海外で開催される大規模レセプション経費、A酒類購入経費、B本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費、C在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費、D文化啓発用の日本画等購入経費などは、除外されるべきものである。そして、この選別には何の高度な判断も必要としない(会計検査院の検査結果に外務省は従っている)のであるから、これには特別の裁量権が入り込む余地はない。そして、こうした争点の解明には、繰り返して主張してきたが、不開示情報の外形的事実など情報の概要と審査過程(審査基準のあてはめ)を明らかにすることが不可欠である。

(2)被告には、これらの事実に関する情報の提供をなすべき責務があり、これをなさないときは、挙証責任を尽くさないものとして不開示処分は取り消されるべきこととなる。この司法審査の場面において、裁判所には、行政活動の客観的な適法性の維持を図り、監視をする重要な役割が課されているはずであるから、サボタージュをしている被告に対しての適切な訴訟指揮、すなわち、再度の釈明や事実主張の指示、さらにインカメラの実施を含む強力な訴訟指揮が望まれるところである。

2 被告の主張

 これに対して、被告は、法5条3号は、行政機関の長に第一次判断権を認めていることを強調した上、次のように主張している。
 「法5条3号に基づく不開示決定の取消訴訟においては、裁判所は、独自の立場から不開示処分が理由のあるものか否かを審査し直すのではなく、上記のような経験則に基づく類型的、一般的な見地から支障が生ずるおそれがあるとした被告の判断を前提とし、その判断が著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったといえる場合に限り、当該不開示決定を違法と判断して取り消すべきことになる。」(第一準備書面34頁)とし、その濫用があったことの主張立証責任は原告が負うとしている。そして、被告は、「これと反対に、不開示決定の判断における裁量権行使に関連する事情を被告行政庁が広く明らかにすべきであるというような安直かつ模索的な訴訟運営は、情報公開法5条3号に関する立法政策をないがしろにするものである上、争点を不明確にし、審理を漂流させかねないものであって、訴訟運営の観点からも相当でない。」(第一準備書面35頁)というのである。

3 裁判所は「適法性保障機関」としての役割を

(1)要するに被告は、本件各文書の外形的事実も、また被告が立てた審査基準に基づく審査過程も明らかにせず、「被告が裁量権を行使した結果を信頼せよ」といっているのである。司法審査を排除するかのような主張であり、被告庁内における数々の不正、違法、怠惰の行為を隠蔽するための苦し紛れの口上なのである。被告の主張は法案審議で明らかにした政府答弁をも真っ向から否定するものである。
 前にも引用したが、瀧上審議官は、衆議院内閣委員会において次のように答弁している。「この規定に該当する情報であっても、まず行政機関の長は相当の理由の有無についてこの法律の趣旨に沿って適正に判断すべきであり、また、裁判所の司法審査を一切排除するものではなく、訴訟が提起されれば、裁判所は、行政機関の長の判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるかを審査することになるので、行政機関の恣意的な運用を許容するものではない。」と答弁している(第142国会、衆議院内閣委員会、第11号5頁、平成10年6月4日)。

(2)また、情報公開法案の審議においても参考とされた判例であるといわれる地方公務員法23条に基づく分限処分を違法とした最高裁昭和48年9月14日判決においても、裁判所は、その処分の適法性を審査するについて、判断に必要な事実関係に立ち入って適否を決定している。同判決の要旨は、「地方公務員法28条に基づく分限処分は、任命権者の純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の目的と関係のない目的や動機に基づいてなされた場合、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事情を考慮して処分理由の有無が判断された場合、あるいは、その判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えた場合には、裁量権の行使を誤ったものとして違法となる」というものである(民集27巻8号925頁)。

(3)そして、小早川光郎教授は、「情報公開法 その理念と構造」の中の「裁判所の審査のあり方の問題」の項において、右最高裁判決の解説を行ったうえ、「裁判所には、十分な『相当な理由』が当該不開示判断に具備されているか否かを審査することが要求されている。」「裁判所には、行政活動の客観的な適法性の維持という重要な任務が課されている」と述べている。全面的に支持するところであるから、その見解を次に紹介、引用することとする。
 同教授は、まず、「第一」として、前出昭和48年9月14日最高裁判決の事案を紹介した上、「同判決は、行政庁の個別の『裁量判断』に法上導かれるべき一定の枠をはめようとしているものと、すなわち、いかに『裁量判断』であってもそこに合理性が一定程度厳格に担保されるべきことを要求しているものと解されるのである。」とする。そして、その上に立って、司法審査のあり方、裁判所の役割について、次の2点を強調しているのである。
 「第二に、(中略)ここでも、3号規程および4号規程中の『相当の理由』の文言の重みに注意しておきたい。裁判所は、不開示判断の適法性を審査するに当たっては、当該情報に関し、第一に述べたような法的に導かれるべき判断枠組みを探りつつ、その上で、この判断枠組みに実質的に適合するとの判断を形成するに十分な『相当の理由』が当該不開示判断に具備されているか否かを審査することが要求されていると解される。
 第三に、法に基づく不開示決定取消請求訴訟等は、本質的に『客観訴訟』の性質を有するものと解しうるところであり、そのことからすれば、裁判所には、市民個々人の権利利益の保護とはもう一つ別の、行政活動の客観的な適法性の維持という重要な任務が特に課されていると理解されるであろう。ここでは、裁判所は、安全等情報に係る取消請求訴訟のいわば『公共訴訟的性格』に由来する裁判所の『適法性保障機関』としての役割に留意した、慎重さをふまえた上での的確な審理および判断が期待されているといってよいであろう。」(同書103〜104頁)
 これまでに見てきた被告の応訴、主張態度は、まったくこれに反するものであることは多言を要しない。本件訴訟は情報公開法5条3号事案としての第一号事件となっている。小早川教授の期待に沿う裁判所の訴訟指揮と審理が強く望まれるところである。
第5 すでに「相当の理由」は消滅している
1 多額の報償費が目的外に使われている

(1)会計検査院が目的外使用を指摘
 原告第3準備書面で詳述したところであるから、詳しくは繰り返さないが、会計検査院は、「12年度に報償費で支出されたものの中には、定型化、定例化するなどしてきており、当面の任務と状況に応じ機動的に使用するとの報償費の趣旨からすると、報償費ではなく庁費等の他の費目で支出するよう改善する必要がある経費(国内又は海外で開催される大規模レセプション経費1083万円、酒類購入経費1536万円、本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費1083万円、在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費4720万円、文化啓発用の日本画等購入経費7233万円)が含まれていた」と認定し、改善を勧告した。このような本来の使用目的とは著しく離れた報償費の支出は長年の慣行となっていたのである。

(2)なが年庁内で組織的に不正経理
 また、外務省では、20年以上も前から、全庁的に職員らが公金の水増し支出を組織的に行っており、支払い実額との差額を各課でプールしておくという不正経理が繰り返されていた。その不正額は、平成7年4月1日から同13年7月末日までで、判明しただけでも金1億6000万円ということであり、公金水増し請求の手口は、外務省の行事として行われた外国の賓客やその他要人の招聘、国際会議、レセプション等の経費支出の際、業者から水増し請求をさせて、その差額をプールしていたものである。この調査において、外務省は原資の予算科目を明らかにはしなかったが、前記の公費の支出用途からみて、報償費からの不正支出があったことは明らかである。

(3)国会議員他への便宜供与
ア 不正支出ではないが、国会議員や霞ヶ関官僚が外国訪問した際の便宜供与、特に酒食のもてなしの経費は、報償費から支出されていた。
イ この点も、原告第3準備書面で指摘したが、外務省大臣官房総務課がまとめた「平成11年便宜供与件数統計表」によれば、平成11年(暦年)に在外公館で提供された便宜供与の総件数は33,229件で、うち食事の供与回数は14,303回であった。これらの支出の殆んどは、報償費から支出されているはずである。被告は、便宜供与費が報償費から支出されているとの原告の主張に対して、周り道をしながら多くの字数を使い、限りなく否認の態度を示したが、結局、「積極否認」はできなかった(被告第2準備書面。同準備書面に対する原告の反論は、原告第2準備書面参照)。
ウ 平成14年8月発刊の共同通信記者・小黒純氏の「病める外務省」で外務省の内部文書である「在外公館経理と公館長、出納官吏の心得」の存在が明らかにされた。そして、1999年10月11日付けで在タイ大使館が作成した「南東・南西アジア会計担当官会議議事録」の存在も明らかになった。それらによれば、右「心得」の機密費の取扱い要領の項目に「要人外交推進工作費」という項目(かっては、「国会議員工作費」であった)があり、在外公館を訪れる国会議員の接待費が機密費から支出されていることが明らかになった。これらの経費は、情報収集や外交工作事務遂行のための直接の経費でないことは明らかである。
エ 観光案内の便宜供与は各地で盛んである。朝日新聞編集委員である田岡俊次氏によれば、「出先の公館は日本からの視察者、出張者の接遇に忙殺され、情報収集がおろそかになる、という問題が以前から指摘されてきた。観光地としても名高い某国首都の大使館に在勤中、『案内のため同じ場所に30回以上行った』という外交官もいるくらいだから、情報公開でこれが抑制されれば、外交官には『福音』となる部分もあるかもしれない」としているくらいである(田岡「情報公開が防衛と外交にもたらす影響」 講座「情報公開」所収487頁)。原告らが、外務省に対する情報公開請求で得た資料の中にも、元外務大臣クラスと思われる国会議員のゴールデンウイークを利用した欧州訪問での便宜供与の対応が登場する。同議員側からの一方的な現地での要人表敬訪問希望に現地職員が困惑しながら対応している様子や議員の家族のためのパリお買い物案内などが公電でやり取りされている。
 おそらく、平成14年度の4割削減では、この種の経費が対象となったものと推測される。

(4)内閣官房への上納機密費
 外務省から内閣官房への上納機密費も存在している。これも支出形態からすれば違法な支出であり、かつ、被告が主張する情報収集や外交工作のための支出ではない。

(5)平成14年度の機密費は4割削減
ア 以上のように、過去の報償費は、外務省職員の組織ぐるみの流用・着服の原資となっていたり、目的外使用の温床となっていた。このため平成14年度の報償費は、前年比4割の削減となり、削減分は他の費目に振り替えられた。13年度と14年度との対比をすると、次のとおりである。
(単位 百万円) 本省報償費 在外公館報償費 外務省計  
13年度 1,916 3,650 5,566  
14年度 1,150 2,190 3,340 (4割減)
イ 従前の報償費の多くは、本来の報償費の使途とは別のところに使われていた。だからこそ、一挙に40%もの報償費削減となったのである。被告が主張するように、これまで行政庁としての外務省とその構成員たる職員らが、被告の主張するごとく、その建前のとおりに、全身全霊で情報収集や外交活動を行い、報償費を合規的に使用してきたのであれば、こうしたペナルテイがかかった大幅削減はありえないことである。新聞等報道に接する多くの国民(ただし外務省職員をのぞく)は、報償費が被告主張のように使われてきたとは信じていないのである。そう信ずるに足りる事情は、外務省から何一つ示されていないのである。
(6)被告の判断に「相当の理由」は存在しない
 以上のところから、被告が主張する報償費の使われ方は、報償費のごく一部に過ぎない。文書の開示・不開示は、各文書ごとに決定されるべきであるところ、1069件の多くは、被告主張のようには使われていないことが推認できるのであって、この原告の反論を、再抗弁とみるとしても、この再抗弁は立証されており、被告が主張する「相当の理由」は消滅しているのである。被告が報償費の使途を恥じも外聞もなく屁理屈をこねて秘匿するのは、外国から外交方針を探られることを防ぐためなどではなく、報償費を建前とはおよそ違った目的に使用していた事実、さらに言えば、そうした使用で仕事が済んでいた事実、自らの無能を日本国民に知られることを防ぐためなのである。行政庁の恣意を防ぐという法5条各号の判断枠組みに照らして被告の不開示判断を審査するならば、これに実質的に適合するに十分な「相当の理由」を具備しないことは明白である。被告・外務省は、ここでも法5条各号の不正使用をしているのである。

2 不開示情報該当性に対する原告の反論は成功している

 以上に挙げた報償費の不正使用、不当流用の事例は、支出や決裁の日時の特定ができていない。したがって、これらの事例が原告の請求対象文書に含まれるものか否かについては不明である。しかし、国内から在外公館への訪問者の接待など少なくない件数が存在するから、上記の事例が請求対象文書に含まれている可能性は低くない。こうした事実が立証されている以上、被告が主張する挙証責任の配分論からしても、被告は再々抗弁として、報償費の不正使用、不当流用の事実についての個別の反論、反証を行うべきであろう。
 ところで、被告は、自らの不開示情報該当性についての挙証は、次のような程度でよいとしている。すなわち、「不開示決定取消訴訟においては、当該不開示決定に係る行政文書に記録された具体的な情報の内容が明らかにされてはならないだけでなく、それが公にされた場合に生じる支障の蓋然性は、それ自体が証拠に基づいて直接具体的に証明される必要はない。」(33頁)というのである。
 そうであれば、原告の反証、すなわち「相当の理由」を突き崩す反証も、また同程度でよいことになる。多額の報償費の不正使用と流用は、全面不開示の判断の「相当な理由」を十分に崩壊させているはずである。
第6 時代の針をMink事件以前に戻そうとする被告・外務省
1 アメリカの情報自由法概観

(1)被告・外務省の今回の報償費全面不開示処分とその後の本訴訟における対応をみていると、被告らは、情報公開制度の時代の針を、アメリカの情報公開の草創期に起きたミンク事件判決以前に戻そうとしているかのようである。周知のようにアメリカの情報公開制度は、1966年に情報自由法が制定されて始動したのだが、その後、74年、76年に大きな改正を経て、今日の自由な情報公開制度の基礎が築かれてきたといわれている。

(2)この2度の改正事項をまとめると次のとおりである。74年の改正の主なものは、閲覧複写義務のある文書の索引作成義務、手数料の減免、部分開示、インカメラ審理、行政機関の判断に縛られない裁判所の初審的審査などである。適用除外(非開示事由)についても、大統領秘密指定があっても実際に秘密指定の正当性を要件とする、法執行情報は所定の例外に該当する限りで適用除外とするなどの規定である。76年改正は、制定法による開示除外の適用を限定する規定であった(以上 三宅弘「クリントン政権と電子情報自由法」 右崎正博外編「情報公開法」所収208頁による)。

(3)こうしたアメリカ情報自由法の草創期に起きたのがミンク事件訴訟(1973年判決)である。大統領秘密指定と司法審査との関係が問題となった同事件で連邦最高裁判所は、「適切な手続で秘密指定がなされてさえいれば、この不開示規定が適用され、当該秘密が実質的に保護に値するものであるか否かについての司法審査はなしえないという形式秘説の立場を採用した。そして、この不開示規定については、部分的開示が適切になされているか否かをチェックするためのインカメラ審理も行えないと判示した」のである(宇賀克也「アメリカの情報公開」166頁)。この連邦最高裁判決に強い不満を示した連邦議会は、前記のとおり74年に情報自由法を改正し、大統領の秘密指定の正しさについて、手続面でも実体面でも覆審的司法審査を行い、裁判所の裁量でインカメラ審理を行うことも可能なことを明確にする改正を行ったのである。

2 被告の本件対応は、Mink事件以前の対応

(1)こうしたアメリカの情報公開発達史に照らして被告らの対応を点検してみる。
 まず、本件文書を不開示とした根拠について法5条3号、6号の規定を挙げるほか秘密指定の根拠規定も示されていない状況の中で、報償費支出の外形的事実(金銭支出の記録自体は、外交秘密事項そのものではない)も、法5条3号等の審査基準による審査結果(各文書への審査基準のあてはめ結果)も示されず、本件不開示処分の判断責任者の明示もなく、また宣誓供述書もなく、ただただ外務大臣という抽象的な機関の長の「被告が裁量権を行使した結果を信頼せよ」という主張だけを押し付ける被告・外務省は、アメリカ情報自由法のミンク事件以前の対応といってよいものである。
 ミンク事件当時は、大統領秘密指定の対象文書には司法審査は及ばないとされたが、情報公開法では、法5条3号、4号による不開示処分の適法性は司法審査の対象となっている。そうであるのに、被告は、アメリカのミンク事件以前の対応をとって、事実上、一切の事実主張をせず、不開示理由の個別・具体的な説明をせず、司法審査を拒否しているのである。

(2)日米の情報公開法制は、残念ながらその格差は大きい。原告は、アメリカ情報自由法で、本件の不開示処分を審査せよといっているわけではない。しかし、時計の針を30年も逆回りさせ、Mink事件以前の法状況での主張をすることは法の許すところではない、といっているのである。そして、このような狂気にも似た振る舞いによって護る対象文書の大半は、テロリスト情報提供者との通信文とか、日本人拉致被害者の発見に通ずる情報提供者との通信文とかではなく、また、アメリカ大統領秘密指定にあるような外国の政府の情報とか諜報活動、諜報の源泉又は方法、暗号といったものでもなく、ワイン購入や大使任地への手土産購入の支出決裁文書であったり、就任レセプションの開催経費決裁文書であったり、国会議員らに対する在外公館の接待費支出決裁文書であったりすることが確実なのである。被告とその配下の職員たちは、笑えない喜劇、あるいは笑える悲劇を演じているのである。被告の本件処分は、著しく不当であり、裁量権の逸脱、濫用にわたるものであることは明白である。

3 本準備書面の締めくくりに

 本書面の締めくくりに、松井茂記教授の警鐘をここに掲記しよう。「いかに行政機関の判断を尊重すべきだといっても、行政機関の判断をうのみにしてしまっては、情報公開制度は骨抜きになってしまう。この例外事由についても、非公開とされた情報が本号に該当するかどうかを最終的に決定するのは裁判所だということを明記すべきだろう」と(「情報公開法」254頁)。
 わが国の裁判所が、治外法権を主張するがごとき、被告の無法・無体を許すことがあれば、松井教授が警告するように、わが国の情報公開制度が死に体に陥るだけでなく、司法が無法な行政府とりわけ被告・外務省の僕と化したとの評価さえ浴びせられよう。外務省の既に空虚な権威を護るに司法府の権威があがなわれてはならない。本件文書の開示によって、外務省が大切にしてきた従来の機能が低下したとしても国益の損失はほとんどないだろうが、裁判所が国民の信を失えば、それこそが回復しがたい国の損失となる。いまこそ、司法府の知性の光、法の明かりで外務省の暗愚をさとし、国民への説明責任を尽くさせるべきである。過去の不明を潔く明らかにしてこそ、外務省の再生の道もあるはずである。その時期がまもなく到来することを原告は期待している。
以上