訴  状
平成13年6月15日
東京地方裁判所 御中
                原告訴訟代理人 弁護士 大川隆司
                (事務連絡担当弁護士 谷合周三)
                 ほか別紙代理人目録記載のとおり

 〒160−0008 東京都新宿区三栄町10番地1 橋爪ビル2階
     原   告 特定非営利活動法人 情報公開市民センター
            代表者理事長  高 橋 利 明

 〒100−8919 東京都千代田区霞が関2−2−1 外務省
     被   告  外務大臣   田 中 眞 紀 子

行政文書不開示処分取消請求事件 
  訴訟物の価格  金475万円
  貼用印紙額   金3万1600円
請求の趣旨
1 被告が原告に対し、平成13年6月1日付けで行った
  イ 「外務省大臣官房で支出された平成11年度中の平成12年2月
   及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠、計算証明に関
   する計算書等支出がわかる書類」、
  ロ 「外務省在外公館である在米日本国大使館で、平成11年度中の
   平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠、
   計算証明に関する計算書等一切」、
  ハ 外務省在外公館である在仏日本国大使館で、平成11年度中の平
   成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠、
   計算証明に関する計算書等一切」、
  ニ 「外務省在外公館である在中国日本国大使館で、平成11年度中
   の平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠、
   計算証明に関する計算書等一切」、
  ホ 「外務省在外公館である在フィリッピン日本国大使館で、平成11年
   度中の平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証
   拠、計算証明に関する計算書等一切」、
の各不開示決定処分を取り消す。 
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
第1 情報公開請求と不開示決定
1 原告は被告に対して、平成13年4月2日、情報公開法第3条に基づき請求の趣旨記載の各行政文書(以下「本件各文書」という)の開示請求を行った(甲1号証ないし同5号証の各1)。
2 しかるに、被告は、平成13年6月1日付「行政文書開示決定等通知書(6月5日到着)をもって、請求の趣旨記載の各不開示処分(以下「本件各処分」という)をなした(甲1号証ないし同5号証の各2)。
3 右各「行政文書開示決定等通知書」には、不開示の理由について、次の通り記載されていた。
 「報償費は、国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の任務と状況に応じてその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費であり、外務省においては、情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するため使用する経費」だとしたうえ、報償費の具体的使途に関する内容が明らかになると、「情報収集や外交交渉における相手の権利や立場に影響し、あるいは他国若しくは国際機関との間で外交問題が生ずるおそれがあり」、この結果、「国の安全が害されるおそれがあり、他国若しくは国際機関との信頼関係を損ね、またはこれらとの国際交渉上の不利益を被るおそれがあると認められ」るとしている。
 また、これらの内容が明らかになることで、「相手の権利や立場に影響を与え、これらとの信頼関係を損ねる結果、その後の情報入手や外交工作が困難になると考えられ」、「これにより、外交に係る事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」ともしており、情報公開法5条3号及び6号に該当する、とあった。
第2 本件処分の違法性について
1 全部不開示としたことについての違法性
  被告は、原告が各請求した本件各文書について、上記各法条を挙げて全部不開示の処分をなした。しかし、原告が開示請求した上記行政文書は、外務省大臣官房と在外公館における報償費の支出決裁文書等であって、そこに記載されている情報は、金員交付の相手方氏名や、懇談会の開催場所・開催日・人数あるいは参加者氏名などの会合の外形的な事実にすぎないものであって、懇談会等の個別具体的な内容が明らかにされているものではない。したがって、そこに記載された情報が開示されたからといって、直ちに、不開示通知書が挙示する事由のおそれが生ずるわけではなく、また、「その後の情報入手や外交工作が困難になる」ことも、「外交に係る事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」とは言えないはずのものである。
  かかる状況にあるのに、原告の各請求に係る報償費の全部について不開示とした本件各処分は、明らかに情報公開法5条3号、6号の解釈を誤った違法な処分というべきである。
2 外務省も目的外使用を自認
  1) 平成13年5月中に策定が予定されていた外務省改革要綱の検討案では、同年度の機密費支出の二割方削減と、在外公館での便宜供与費用すなわち国内からの賓客の接待費を機密費から外し、今後は開示する方針が示されていた。6月5日公表された改革要綱では、これらの方針が曖昧にされたとは言え、そうした方向が示された。このことは、国内賓客の接待費として使われた「機密費」は、国益上守秘が求められる「外交機密費」などではないことを自認したものでもある。自認というよりも、いまや公知の事実だ。
  2) これらの機密費の使い方については、田中外務大臣自身が、大臣就任の記者会見において、「外務省関係者の説明は奥歯にものがはさまったような言い方で、国民が思うこととはすれ違った議論がされていた。前内閣の対応は、完全には納得していない」と述べていた(朝日新聞4月27日朝刊)。そして、機密費詐取事件に関する外務官僚の処分についても、「早手回しに減給と言っても、国民は納得できない。前内閣はいかにも役所にばかにされていると思う」とも述べたのである(同紙4月29日朝刊)。これが常識というものである。
  3) そして、最近公刊された外務省の元職員らの手記(註)や投稿によっても、在外公館での組織的な乱脈経理や費目外の資金流用などが告発されている。報償費は、しばしば、職員らの内輪の会食費にも流用されているのである。
 それなのに「外務省の『機密費』は非公開」というのは明らかに筋が通らない。
 
 (註)小池政行著「踊る日本大使館」(講談社) 久家義之著「大使館なんかいらない」(幻冬社) 竹下利明著「小説・総領事館」(東京図書出版)など。 
3 秘密情報の95%は公表資料から得られる
  1) もともと、お金で買う情報量など、ごくわずかなのだ。第二次大戦を前にして、イギリスのある民間人は、ドイツ国内の日刊紙に載る一般記事や人事、訃報記事などの丹念な分析から、秘密の裡にフルスピードで進むヒットラーの軍備増強を的確に割り出したといわれるし、トルーマン大統領は「アメリカの秘密情報の95%は公開資料で得られる」と言ったという(中公新書・孫崎亨著「日本の外交 現場からの証言」より)。現に、湾岸戦争当時、中東の大使館では、CNN放送にかじりついて、本省に情勢を打電したということである。そして、在外公館での日常の重要な情報収集作業といえば、「現地採用の女性職員による新聞の切り抜き」(テリ―伊藤著「お笑い外務省」より)だということでもある。
  2) そうした地道な日常活動こそが、情報収集活動の基本なのであろう。このようにいわゆる「情報収集活動」のための費用であっても、公開がはばかられる類のものは、全体の「報償費・機密費」の中のごく一部にすぎないものである。例えば、元在外公館勤務であった久家義之氏によれば、「外交官は、外遊中の国会議員や官僚の世話に忙しく、相手国の重要人物と密接な関係を築くひまがない。たまに、手近な役人や政治家を日本レストランに招く程度だ。問題の『外交機密費』は、大使館では『報償費』と正式名で呼ばれていた。あんな情報活動では『機密費』と言うのが恥ずかしいのだろう」と言っている(5月10日朝日新聞朝刊「私の視点」)。こうした会食費を公開したからといって、何のはばかりがあるというのか。
  3) 外務省の決定は、要するに、目的外の使用の露見をおそれ、機密費にかこつけて違法な事実の隠蔽を図るもので、正当な法の解釈を離れた違法な処分である。外務省の言い分は、かって、地方自治体が、「食糧費」を使った自分たち仲間の飲み食いを、なんだかんだと屁理屈をつけて開示を渋ったのを思い起こさせる。
第3 情報公開の効用と内閣の責務
1 政府の説明責任と小泉首相の公約
 情報公開法の第1条は、「この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有する活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」と規定している。
 小泉首相は、施政方針演説での情報公開への言及は少なかったが、「行政の透明性を向上させて国民の信頼を高めるため、特別会計などの公会計の見直し、改善、情報公開や政策評価に、積極的に取り組んでまいります」と述べた。これは、法の適正な執行はもとよりだが、行政の裁量の範囲内では最大限に公開を進めるとの国民に対する公約である。
 しかし、今回の情報公開法に基づく国民等からの請求に対する開示実績を見ると、開示度は地方自治体の先例に大きく劣るなど、現内閣に情報公開に対する積極姿勢を見ることはできない。
2 伏魔殿・外務省の改革のために
  1) 今日の外務省は、最高責任者である大臣自身が、これを伏魔殿とよび(5月11日の記者会見)、外務官僚たちを「海外に出ると特権階級でふんぞり返ってしまう」と叱責したほどの状態である。しかし、首相や外務大臣が、外務省の闇とその腐敗の実態を国民に説明したかと言えば、おざなりの松尾事件の顛末報告をのぞいて、前内閣から現内閣まで、それはゼロに等しい。情報公開法が定める政府の説明責任は、まったく尽くされていない。いまこそ、国民の最大関心事である機密費問題の疑念に答えるべきなのである。
  2) 田中外務大臣が「伏魔殿」と呼んだ外務省自体、そして、在外公館でふんぞり返っていると指弾した外務官僚の体質改善に立ち向かう同大臣の挑戦は、国民の強い支持を受けている。この目的を達成するには、一人で伏魔殿に立ち向かうのではなく、大勢の国民とともに官僚たちを監視することこそが最善である。宮城県や三重県をはじめ自治体行政の透明化を目指した知事たちは、住民からの公開請求に応えて県政をガラス張りにし、そのことによって職員らの姿勢を正そうと意を用いた。任期に限りのある大臣が、一時踏ん張って懲罰的な人事を行うよりも、情報公開のシステムをしっかりつくり、国民の目で監視する方がはるかに効果的なのである。二つの目玉より、何百万の目のほうが良く見えるにきまっているのである。
3 情報の開示は被告らの社会的、法的責務
  1) 森内閣当時の衛藤誠士郎外務副大臣は、3月23日の衆議院外務委員会で「外務省報償費は、……具体的な使途を公表することは行政の円滑な遂行に重大な支障を生じると考えられるため、本来公表すべき性格のものではない」と答弁した。これまでの機密費の使われ方を棚においた官僚下書き答弁のままであった。
  2) 今回の被告の決定では、情報隠しが染みついた官僚の既定路線と前内閣の方針をそのまま踏襲し、何の改革も独自色も発揮できずに終わったということになる。「臭いものにフタ」の体質から抜けきれないと言わざるを得ない。
 疑惑に満ちた機密費の情報を開示することは、改革断行を標榜する小泉内閣と担当外務大臣の社会的な責任であると同時に、法的な責任でもあるのである。
第4 むすび
 以上の通り、原告の各請求に対して全面不開示とした本件各処分が違法であることは明らかであるから取り消されるべきであり、請求の趣旨記載の判決を求めるため、本訴を提起した次第である。

証 拠 方 法
1,甲1号証1及び2  開示請求受付書及び「行政文書開示決定等通知書」
               (外務省大臣官房関係)
2,甲2号証1及び2  前同(在米日本大使館関係)
3、甲3号証1及び2  前同(在仏日本大使館関係)
4、甲4号証1及び2  前同(在中日本大使館関係)
5,甲5号証1及び2  前同(在フィッリピン日本大使館関係)

添 付 書 類
1,訴状副本            1通
1,甲号証写し         各1通
1,資格証明書          1通
1,訴訟委任状          1通