(1) |
「便宜供与」とは、法令上の用語ではなく、明文の定義は存在しない。
しかしながら、いわゆる「便宜供与」とは、一般に、関係者が海外渡航を行うに当たり、その用務が公共性を有するものであって外務省の任務に関連し、それを支援することが外務省(在外公館)の所掌事務の遂行に寄与する場合に、在外公館がこれら関係者を支援するため種々の役務・支援を提供する活動の総称を意味するものとして用いられている。
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(2) |
ところで、被告の平成13年9月24日付け準備書面(1)(以下「被告準備書面(1)」という。)において主張したとおり、外務省は、平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的かつ積極的な取組を通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに調和ある対外関係を維持し発展させつつ、国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とし(外務省設置法3条)、この任務を達成するため、同法4条の定める事務を所掌している。そして、国家行政組織法8条の3にいう「特別の機関」として、外務省に在外公館が設置され(外務省設置法6条1項)、外国において外務省の所掌事務を行うものとされている(同法7条1項。以上につき、被告準備書面(1)6、7ページ)。
これらの規定によると、在外公館が外国において所掌する事務には、以下に例示するようなものがあることとなる。
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ア |
日本国の安全保障、対外経済関係、経済協力、文化その他の分野における国際交流及びその他の事項に係る外交政策に関すること(同法4条1号)
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イ |
日本国政府を代表して行う外国政府との交渉及び協力その他外国に関する政務の処理に関すること(同条2号)
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ウ |
日本国政府を代表して行う国際連合その他の国際機関及び国際会議その他国際協調の枠組みへの参加並びに国際機関等との協力に関すること(同条3号)
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エ |
条約その他の国際約束の締結に関すること(同条4号)
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オ |
国際情勢に関する情報の収集及び分析並びに外国及び国際機関等に関する調査に関すること(同条7号)
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カ |
日本国民の海外における法律上又は経済上の利益その他の利益の保護及び増進に関すること(同条8号)
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キ |
海外事情についての国内広報その他啓発のための措置及び日本事情についての海外広報その他啓発のための措置に関すること(同条15号)
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ク |
外国における日本文化の紹介に関すること(同条16号)
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(3) |
したがって、本邦から、公務員か民間人かを問わず関係者が、これらの事務に関連し公共性を有する用務を目的として海外渡航する場合、あるいは、これら関係者の訪問に際してその用務遂行を支援し協力することが在外公館における上記のような各事務の遂行に寄与すると判断される場合には、訪問先の国又は地域に設置された在外公館から必要な支援・協力が提供されることがある。これが便宜供与と称されるものである。
かように、便宜供与の対象者は、国会議員及び国家公務員に限られるものではなく、例えば、当該在外公館の置かれている国又は地域の政治・経済情勢を調査する学術関係者、文化交流等のために当該国又は地域を訪問する民間人など、広範囲に及ぶものである。
以上にみたところから明らかなように、原告は、「『便宜供与』とは、我が国の国会議員や霞が関に勤務する公務員らを中心とした在外公館への訪問者に対して提供される『便宜』であると理解している」とするが、そのような理解自体、便宜供与の意義及び対象範囲を誤認しているものである。
また、上記のような次第であるから、在外公館職員が本邦から渡航者の用務に関連して何らかの支援行為を行う場合、それは、渡航者に便宜を与えるという側面を離れ、専ら在外公館の任務という観点からみても、それ自体が当該在外公館の所掌する事務である(例えば、外国政府との交渉に係る事務である場合もあろうし、国際機関等との協力に係る事務であることもあろう。)。もちろん、それと同時に、渡航者との関係からみれば便宜供与となる。すなわち、便宜供与に係る事務は、単に渡航者との関係でのみ意義を有するものではなく、他方では在外公館固有の事務の遂行にほかならないものであり、これらの両面は、渡航者側から事務の性格を捕捉するか、在外公館側から事務の性格を捕捉するかとに応じた側面の違いにすぎない。そして、便宜供与は、それを行うことが在外公館の果たすべき任務の遂行に資し、それ自体として当該在外公館の所掌する事務であるからこそ行われるものであって、便宜供与すること自体が目的となるわけではない。その意味で、便宜供与は、在外公館の任務遂行との関係でみれば、いわば手段としての性格を有するものである。
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