平成13年(行ウ)第150号
行政文書不開示処分取消請求事件
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2001(平成13)年11月22日
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東京地方裁判所民事第2部 御中
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原 告 準 備 書 面 (1)
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原 告 特定非営利法人 情報公開市民センター
被 告 外務大臣 田中眞紀子
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原告訴訟代理人弁護士
同
同
同
同
同
同
同
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高 橋 利 明
大 川 隆 司
羽 倉 佐知子
清 水 勉
佃 克 彦
谷 合 周 三
関 口 正 人
土 橋 実
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第1 はじめに |
行政は、これまで、建前の上では開かれた行政を尊重するスタイルを取ってきたが、その実態は情報を独占しつつ、行政が取捨選択した一部の情報のみを国民に流し、とくに都合の悪い情報は絶対に公にしないといういわば密室行政が行われてきた。情報の独占は利権と結びついて行政の腐敗をもたらし、都合の悪い情報の秘匿は、例えば薬害エイズやハンセン病などのように、国民に多大な犠牲をもたらしてきた。
情報公開は、これまでの密室における行政を、国民の目に見えるガラス張りの行政へと転換するものであり、行政機構の再編など小手先の行政改革よりも、何十倍も何百倍も効果のある国民のための行政改革なのである。したがって、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下、「情報公開法」または「法」という)の解釈や運用は、主権者である国民に対し、開かれた行政を実現するようになされなければならない。
原告は、この準備書面において、被告準備書面(1)のうち、主として「第3 情報公開法の解釈の在り方」、「第5 情報公開訴訟の審理の在り方」、「第7 本件不開示決定の適法性」について反論を行うものである(以下、被告準備書面については該当頁のみ記載する)。
なお、被告は準備書面の「第4 不開示情報の判断」において、情報公開法第5条各号の判断と切り離して「情報」の意義を展開している。しかしながら、情報公開法第1条は開示請求の対象を「行政文書」とし、第2条2項は「行政文書は、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録」と定義している。これら規定からも明らかなとおり、情報公開請求の対象は、「記録された媒体を離れた生の情報」ではなく、「記録された媒体と一体となった情報」であり、当該情報が記録されている状態・状況がわかる形で開示されなければならない。
このことは、被告も引用する「情報公開法要綱案の考え方」(以下、「考え方」という)において、「ア 開示請求の対象 開示請求権制度は、行政機関の保有する情報を処理・加工して国民に提供するものではなく、あるがままの行政運営に関する情報を国民に提供するものであるから、本要綱案では、開示請求の対象を、情報が一定の媒体に記録されたもの(文書)とすることとした」と記載されていることからも明らかである。したがって、本訴訟において、「不開示事由の判断とは別に、これに先行して『情報』の同一性や範囲を判定する」(15頁)という必要性は存在しない。
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第2 情報公開法の趣旨及び目的 |
1. |
情報公開法の基本原則 |
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情報公開法の基本的な原則は、@誰でも理由や目的を問わず、行政機関の保有するすべての情報に対して、その開示を請求する権利を認め、A行政機関は、原則として開示請求を受けた情報を公開する義務を負うことである。すなわち、開示請求権者と行政機関との間に権利・義務関係を設定することによって、国民は、政府の都合によってではなく、みずからの必要に応じて政府保有情報を入手することができるようになるのである。しかも、開示請求できる情報は、あるがままの行政運営に関する情報であり、行政機関が保有する情報を処理・加工して国民に提供するものではない。したがって、情報公開法は、単に統治のルールを具体化し明確にするという意味を持つだけにとどまらず、同法によって情報開示請求権という具体的な権利の保障を実現していくことが要請されるのである。
ところが、被告は、情報公開法の目的に「知る権利」が掲げられていないことなどから、「情報開示請求権は情報公開法によって創設されたものであって、立法政策によってその範囲が決まるものである」と主張する(9〜10頁)。しかし、以下述べるように、被告の主張は、情報公開法の趣旨や目的をねじ曲げ、立法の目的である「ガラス張りの行政への転換」に背を向けるものである。
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2. |
立法経過と情報公開法の趣旨・目的 |
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(1) 情報公開法の目的(第1条)は、情報公開法要綱案の目的規定とほぼ同じ記載内容となっており、要綱案の目的規定の考え方をほぼそのまま取り入れたものである。「考え方」によれば、情報公開法の目的は、@政府が、国政を信託した国民に対し、その活動状況について説明責任を全うする制度を整備する必要があること、A情報の公開によって、国政に関する国民の責任ある意思形成が促進されること、B行政運営に関する情報が国民に公開されることは、国民の監視・参加の充実に資すること、C情報公開制度は、行政を取り巻く重要課題とその運営について、公正な国民の意思が反映され、国民の要望にこたえた行政運営を推進することとされている。
なお、情報公開法では、要綱案Bの「国民の監視・参加」が「国民の的確な理解と批判」へと変更されたが、政府は国会審議において、この変更に関し「監視及び参加は従来の法令用語としては限定的に用いられているので上記の用語に変更されたにすぎず、要綱案の趣旨、内容に変更を加えるものではない」と述べている(第142国会衆議院内閣委員会平成10年6月4日、瀧上審議官)。
(2) また、被告は、「知る権利」について、「憲法上の明文はなく、同法21条の規定する表現の自由は、国民が直接に行政機関の保有する情報の開示を請求し得る権利としての『知る権利』の保障を含むものではないとの見解が有力であり、最高裁判所の判例においても、そのような請求権的権利としての『知る権利』は認められていない」と主張する(8頁)。
しかし、最高裁判決においても、「知る権利」は憲法21条1項の趣旨、目的等からの派生原理として、あるいは表現の自由の保障の反面として認められている。また、条例に関するものではあるが、鹿児島地判平成9年9月29日(判例地方自治第173号9頁)は、「知る権利」は憲法21条に根拠を有する権利であり、公文書開示請求権は抽象的な権利である「知る権利」を具体的権利に結実させたものであると判示している。
また、「考え方」も、「『知る権利』は基本的には抽象的な権利であるにとどまり、法律による制度化をまって具体的な権利となるという見解が有力である」、「情報公開法の目的規定に『知る権利』という言葉を用いることはしなかったが、・・『国民主権の理念にのっとり』という表現によって、憲法の理念を踏まえて充実した情報公開制度の確立を目指していることを明記しておきたい」と述べている。
さらに、第145国会参議院本会議(平成11年3月5日)において、太田総務庁長官(当時)は、「行政情報の開示請求権という意味での知る権利が憲法上保障されているか否か、権利の性格、内容等についてはなおさまざまな見解があるというのが現状であります。本法律案においては、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を求めることができる権利といたしておりまして、その内容におきましてほぼ同様のことを明らかにしておるというふうに考えております。このため、情報公開法案においては、知る権利という文言は用いておりません」と説明し、情報公開法の開示請求権は知る権利と内容的には同じであることを認めている。
(3) したがって、情報開示請求権は、「知る権利」との文言は使用されていないもののそれと同様の権利であり、憲法の国民主権原理を具体化し、密室行政を国民に開かれた行政へと転換させるための重要な権利なのである。情報公開法の解釈や本訴訟における審理の在り方は、こうした情報開示請求権の性質を十分踏まえたものでなければならない。また、政府の説明責任は、情報開示請求権に対応する基本的なものであり、単なる政治的な責任ではなく法的責任と解すべきである。
被告が主張するように「国民に行政運営に関する情報に対する開示請求権を付与するか否か、いかなる限度で、どのような要件のもとで付与するかは、あげて立法政策の問題」(9頁)、政府の説明責任を「政治的な責任にすぎず、実体的な法的責任ではない」(8頁)との見解は、立法趣旨や立法時の審議経過を無視するものでとうてい受け入れられない。
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第3 不開示事由の解釈と主張立証責任 |
1. |
被告の主張要旨
被告は、本件訴訟の主張立証責任の分配について、次のようにいう。
即ち、「不開示決定取消訴訟において、同法5条各号の不開示情報該当性の根拠事実に関しては、原則として被告が主張立証責任を負う。この点を更に述べれば、被告は、@当該行政文書に『情報』が記録されていること(ある事柄についての情報が記録されていること)、A当該『情報』が同法5条各号に該当することを主張立証することになる」(27頁)と原則論を述べながら、引き続き、「前述のとおり、法5条3号の要件判断については、行政機関の長に裁量権が付与されており、その適否に関する裁判所の審査は、行政庁の第一次的判断権を尊重し、それが合理性を持つものとして許容される限度内のものであるかどうかという観点からされるべきである。このような場合には、行政事件訴訟法30条が適用されるものであるから、上記の原則的な考え方とは異なり、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実については原告が主張立証責任を負担するというべきである。したがって、不開示決定が情報公開法5条3号に該当するとの理由によるものであることが明らかになった場合においては、原告が、被告の判断が裁量権を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実を主張立証しなければならないというべきである」とするのである(27頁)。
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2. |
論点の整理と概括的な反論
被告は、情報公開訴訟における主張立証責任の分配について、原則的には正しい理解を示しているが、法5条3号の事由による不開示決定に関しては、「行政機関の長に比較的広範な裁量権が付与されている」ことから、本件訴訟においては、上記の原則的な主張立証責任の配分は事実上転換するというのである。しかし、これらの主張は二重三重に誤っている。
すなわち、法5条3号は、「行政機関の第一次的な判断権」の尊重を規定するものではあるが、そのことは、司法審査を事実上排除するような広範な裁量権を行政に与えたものではなく、また、本件訴訟においては、「行政機関の長が認めることにつき相当の理由」の存否が司法審査の対象となるのであるとしても、そのことから、被告の主張立証の範囲が「当該情報の5条3号該当性」を形式的に述べるだけでよく、原告が「裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実」を再抗弁として負担するとの結論が導かれるわけでもないのである。したがって、本件に関しては、行政機関の長が、@不開示事由が「他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」のある情報であること、A「おそれがあると行政機関の長が認めるについての相当の理由」の主張立証責任を負うのであって、被告は不開示の判断権者として、不開示決定の相当性を、まずもって請求者たる原告に示すべき責任を負っているのである。
これを以下に分けて詳述する。
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3. |
原則開示と行政機関の開示義務
情報公開法第5条は、行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求された行政文書に「不開示情報」が記録されている場合を除き、開示請求権者に対し、行政文書を開示しなければならないと規定する。この規定は、「不開示情報」が記録されている場合以外は開示しなければならないとして、あくまでも行政文書の開示が原則であることを明らかにするとともに、行政機関の長に開示を義務づけている。すなわち、行政文書の「不開示」はあくまでも例外であること、「不開示情報」が記録されている場合を除いて、行政機関の長は裁量によって開示しないという対応をとることは許されず、必ず開示しなければならないことを示している。
このように、情報公開法が、行政文書の開示が原則であり、不開示は例外であると定めていることは、「不開示情報」に関する解釈や主張立証責任を考える上で、極めて重要な意義を有する。
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4. |
法5条3号の解釈と主張立証責任
被告は、原告の請求する本件情報は、法5条3号の事由に該当すると主張する。そこで、本項では、以下法5条3号の趣旨について明らかにしたのち、本号の主張立証責任について明らかにする。
(1)法5条3号の趣旨と解釈態度
まず、法5条3号の事由のうち、「国の安全が害される情報」という概念は曖昧であるし、「他国又は国際機関との信頼関係が損なわれる情報」、「他国又は国際機関との交渉上不利益を被る情報」という定義を形式的に解釈すれば、およそ諸外国または国際機関との関係に関する情報はほとんど不開示とされてしまうことになる。
本号は、国民全体の利益を擁護する必要から設けられたとされるが、本来は防衛・外交情報こそ国民の生命や身体の安全等の利益と最も関連の深い情報であるから、主権者である国民の民主的なコントロールにおかれる必要がある。情報公開法は、政府の国民に対する説明責任を全うし、国政に関する国民の責任ある意思形成が促進されることを目的とするのであるから、これらの事由の解釈は厳格に行われる必要がある。
(2)広範な裁量権に対する反論1
次に、法5条3号に関し、被告は、情報公開法要綱案において「おそれがあると認めるに足りる相当の理由がある情報」とされていた規定が、「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」と改められたことに関し、当該「情報の該当性の判断については行政庁に比較的広範な裁量権が付与されたものと解すべきである」と主張する(25頁)。
しかし、政府は、上記規定に関する国会審議において、「情報公開法案では、要綱案及び要綱案の考え方に示されている趣旨を法律上明確に表現するために、『行政機関の長が』との規定を挿入したものであり、要綱案の内容を何ら変更するものではない」と説明している(第142国会衆議院内閣委員会平成10年5月15日、瀧上審議官)。したがって、上記説明にもあるとおり、法5条3号については「行政機関の第一次的な判断権」を尊重することを明らかにしたにすぎず、決して行政庁に広範な裁量権を付与するものではないのである。
(3)広範な裁量権に対する反論2
また、行政庁に広範な裁量を付与することは、裁量的開示を定めた法7条とも矛盾することになる。
すなわち、法7条は「行政機関の長は、開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されている場合であっても、公益上特に必要があると認めるときは、開示請求者に対し、当該行政文書を開示することができる」と規定する。法7条に関し、政府は、「第5条各号の規定によれば不開示とすべき情報であっても、別の公益上の観点からは公開した方が適当な場合があるとの考えに基づくものである。この点については、行政改革委員会の意見においても、個別具体的な場合には、不開示情報の規定により保護される利益に優越する公益が認められる場合があり得ることから、行政機関の長の高度な行政的判断により開示することができるとすることが合理的である旨が指摘されている」と説明している(同、瀧上審議官)。
もし、被告が主張するように、法5条3号に関し行政庁に広範な裁量を認めるのであれば、法5条3号の判断の際に「不開示情報の規定により保護される利益に優越する公益が認められる」かどうかについても当然検討されることになるから、行政庁の裁量開示を規定した法7条は無意味となってしまう。
以上述べたように、法5条3号が行政庁に広範な裁量権を認めているとの被告の主張は、国会審議における政府の説明とも異なり、法7条の規定とも矛盾するものであって明らかに誤りである。
(4)広範な裁量権に対する反論3
さらに、法5条3号が不開示情報を「……おそれがあると行政機関の長が相当と認めることにつき相当の理由のある情報」と定めていることについて、「考え方」は、「行政機関の長の第一次的な判断権を尊重し、その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるかどうかを審理・判断することとするのが適当である」としていることは、前に見たとおりである。
被告は、この規定は、行政機関の長に大幅な裁量権を与えたものだとし、行政事件訴訟法30条を引き合いにしつつ、この裁量権の付与は、「法5条各号の不開示情報該当性の根拠事実に関しては被告が主張立証責任を負う」との挙証責任配分を転換させるものであるかのような主張を展開している(27頁)。しかし、前記解説からは、そのような結論は引き出しえない。そして、被告が当該情報の法5条3号該当性を形式的に主張すれば足り、これが充足されれば直ちに、再抗弁事実たる行政の裁量権の濫用等の根拠事実の主張立証責任を原告が負うことになる、などという解釈は、行政事件訴訟法30条の解釈としても誤りであることは明白である。そして、被告の前記の言い分は、同法30条の解釈としても、また、情報公開法5条3号、4号に関する主張立証責任の分配に関しての法解釈としても誤りなのである。
(5)主張立証責任に対する反論
法5条3号の主張立証責任に関して、政府は次のように国会で答弁している。即ち、「この情報公開法の第5条第3号及び第4号の規定に該当する情報であっても、まず行政機関の長は相当の理由の有無についてこの法律の趣旨に沿って適正に判断すべきであり、また、裁判所の司法審査を一切排除するものではなくて、訴訟が提起されれば、裁判所は、行政機関の長の判断が合理性を持つ判断として許容される限度のものであるかどうかを審査することになるので、行政機関の恣意的な運用を許容するものではない」と説明している(第142国会衆議院内閣委員会 平成10年6月4日 瀧上審議官)。
そして、ついで瀧上行政管理局長は、「行政機関の第一次的判断が合理性を有する判断かどうかについては、行政機関が立証し、合理的な理由を有する限度であれば行政機関の判断が尊重されるという仕組みになっている」と説明している(第145国会参議院総務委員会 平成11年3月11日)。
(6)法5条3号に関するまとめ
以上のところからすれば、被告が主張立証すべき事項は、少なくとも、@「他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」のある情報であること、A「おそれがあると行政機関の長が認めるについての相当の理由」は、欠かせないものということになる。
防衛情報や外交情報は、諸外国の情報公開法制においても、何らかの開示除外の特別措置がとられてはいる。しかし、その弊害も指摘されており、先達のアメリカでも、行政の恣意を防止する様々な努力と工夫が重ねられてきた。これを詳述することは避けるが、松井茂記教授は、「アメリカの情報公開法のもとでの経験に照らしても、この例外事由(代理人註 外交情報のこと)は濫用の危険性が高く、法執行機関の主張をうのみにすることは妥当ではない。裁判所は、行政機関の判断を尊重すべきではあるが、開示拒否の根拠が具体的に示されているかどうかきちんと審査すべきである」としている(松井茂記著「情報公開法」263頁)。
そして、裁判所は、上記@及びAについて、独自の立場から被告の判断が正当か否かを審査することになる。このように解してこそ、法5条3号を司法審査の対象とし、行政の恣意的な運用を許さないという立法事実に適合するのである。被告が、相当の理由があることについて合理性を有することを主張立証できない場合には、裁判所は情報公開法の基本原則どおり、原告の請求する情報について開示を命じなければならないのである。
なお、原告らは、本件においては、このほか「行政機関の長が判断した」というのであれば、外務省内において、誰が、どのような基準で開示請求の審査を行うのか、説明を求めたいと考えている。大量の公開請求に対処し、開示・不開示の選択、振り分け作業を外務大臣自身が行うはずはないのであろうが、そうであれば、この判断基準、特に、法5条3号と4号事案では、開示・不開示の判断基準が整備されていなくては、その判断の合理性確保・恣意性の排除は困難である。したがって、作成されているであろう判断基準の呈示を求めたいと考えている。ただし、この点の主張は、別の機会に譲ることとする。
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5. |
法5条6号の解釈と主張立証責任
被告は、原告の請求する本件情報は、法5条6号の「その他事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれのあるもの」にも該当すると主張する。そこで、本項では、以下法5条6号の趣旨について明らかにしたのち、その主張立証責任について述べることにする。
(1)「その他事務又は事業」について
まず、法5条6号は、同号イないしホに記載したおそれのあるものを不開示事由として列挙したのち、「その他事務又は事業」と規定している。同号のイないしホの事由は、いずれも事務・事業の特殊性から、情報を開示するとその事務・事業の目的が損なわれてしまう場合があるものを限定的に不開示事由としたものである。
すでに述べたとおり、情報公開法は「国民の目に見えるガラス張りの行政」を目指すものであるから、「その他事務又は事業」に関する情報は、同号イないしホの事由に準ずるものに限定されるべきである。
(2)「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」について
次に、「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」について、被告は「当該『おそれがある』とした行政庁の判断が、一定の許容され得る範囲内にとどまっている場合には行政庁の判断を正当とするという審理判断が行われるべきものと解される」と主張する(26頁)。そして「支障」や「おそれ」について、開示請求主体が「何人も」となっていることとからめ、「支障」の程度は一般的で足り、「おそれ」についても抽象的な可能性があれば足りるかの主張をおこなっている(29〜31頁)。
しかしながら、「考え方」は、「『適正な遂行に支障を及ぼすおそれ』は、行政機関に広範な裁量権を与える趣旨ではない。本号が人の生命、身体等を保護するために開示することがより必要と認められる情報を明示的に除外していないのは、公益的な開示の必要性等の種々の利益を衡量した上での『適正』が要求されているからである。したがって、『支障』の程度は名目的なものでは足りず実質的なものが要求され、『おそれ』の程度も単なる確率的な可能性ではなく法的保護に値する蓋然性が当然に要求されることとなる」と述べており、被告の主張を明確に否定している。
また、開示請求権者を「何人」としたのも、「これを国民に限定して外国人を排除する積極的な意義が乏しく、他方、わが国が広く世界に情報の窓を開くことに政策的意義を認めることができる」からであって(「考え方」)、本条の「支障」や「おそれ」とは全く関係がない。
(3)法5条6号の解釈のまとめ
以上述べたとおり、法5条6号の「その他事務又は事業」とは、同号イないしホに準じるもの、「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」とは、事務・事業の性質上、情報を開示した場合の不都合が明らかな場合と厳格に解すべきである。
被告の主張する「支障」や「おそれ」は、立法過程の議論を無視するものであるばかりか、情報化社会・グローバル社会における情報の意義を全く理解していないものとしか言いようがない。
(4)主張立証責任について
なお、法5条6号の主張立証責任については、同条の規定などからも明らかなとおり、原則開示・例外不開示の規定にしたがって、被告が不開示事由に該当することを主張立証すべきである。また、同号の「支障」や「おそれ」については、情報公開法は裁判所が「支障」や「おそれ」の有無自体について直接判断を行うことを当然の前提としている。そして、被告が実質的な「支障」や法的保護に値する蓋然性のある「おそれ」を立証できない限り、原告の請求する情報は開示されなければならないのである。
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第4 本訴訟の審理のあり方 |
1. |
被告は開示請求対象文書の概要を明らかにすべきである
被告は、原告の開示請求にかかる文書について、文書の名称や該当文書の件数すら明らかにしようとせず、「報償費」に関する文書すべてを不開示とした。
しかしながら、前にも述べたように、情報公開請求の対象は、「記録された媒体を離れた生の情報」ではなく、「記録された媒体と一体となった情報」であり、行政機関の長は、当該情報が記録されている状態・状況がわかる形で開示しなければならないのである。そして、法8条の趣旨からするならば、「当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを応えるだけで、不開示情報を開示することとなる」場合を除き、行政機関の長は、請求権者が求める個々の行政文書につき、その存否を明らかにする義務を負っているのである。
したがって、少なくとも被告の不開示処分が司法審査の対象となった場合においては、裁判所が、被告の処分が適法か否かを判断するためにも、原告の開示請求対象文書に関する文書のリスト、文書名、当該文書に記載されている内容の項目、当該文書の様式など、文書の外形に関する事項は、当然明らかにされなければならないはずであり、原告は被告に対し、まずこれらの事項を明らかにするよう求める。
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2. |
インカメラ、ボーン・インデックッス審理を求める
(1) 司法権をないがしろにする被告の主張
被告は、法5条3号の不開示事由の有無についての裁判所の審査権は極めて減縮されるとしたうえ、「情報公開訴訟においては、インカメラ審理の制度は採用されていないから、法は、不開示決定取消訴訟においては当該不開示決定に係る行政文書における具体的な記載内容から離れ、当該行政文書ないし当該情報の類型的な特質に着目した主張立証がされ、裁判所も、それに基づき、……当該行政文書にある個別具体的な記載内容そのものから離れた、一般的抽象的な判断として不開示情報該当性を判断すべきことを想定している」とし、「被告の主張に係る不開示決定情報を公にすることによりどのような支障が生ずるかについて、当該不開示決定に係る行政文書の具体的記載文言等を明らかにすることなく、そこにいかなる種類、性質の情報が記載されているかという一般的抽象的観点から主張立証がされ、かつ、裁判所の判断せざるを得ないという、他の訴訟とは大きく異なった特質が存在している」と主張する(29頁)。
被告のこの主張は、審判に目隠しをさせたうえで、自分のプレーは正当だと言い張るようなものである。被告の主張は、憲法が定める司法権の否定にもつながる暴論である。
(2) ボーン・インデックッスの提出を求める
わが国の情報公開請求においては、すでにボーン・インデックッス審理が取り入れられている。そして、このボーン・インデックッス方式は、インカメラによる裁判官の目による検証が担保されていてこそ信頼のおける審理方式となるものであることはいうまでもない。
わが国情報公開法には、これらの審理方式には具体的な規定を欠いている。しかし、このことは、これらの方式によって審理を進めることを禁ずる趣旨でないことは明らかである。
アメリカの情報公開訴訟においては、今日、インカメラとボーン・インデックッス審理方式が採用されており、インカメラ審理は情報公開法に規定されている。しかし、同法に明文化される以前から、裁判所に帰属する「司法権」に基づいて、インカメラ審理は可能と考えられ、実行されてきたのであり、情報公開法への明記はそれまでに積み重ねられてきた事実の法制化したものであった。わが国においても、「本来裁判所は憲法76条で付与された『司法権』に付随して当然インカメラ審査を行うことができるので、明文の規定がないことは裁判所がインカメラ審理を行うことを何ら妨げるものではない」(松井茂記著「情報公開法」377頁)のである。
そして、その前提として、インカメラ審理が裁判の公開を保障する憲法82条に違反しないかとの問題についても、学説は、こぞって合憲性を承認している(同書376頁)。
「アメリカの裁判所は、現在では情報公開訴訟で必ずこのボーン・インデックッスの提出を行政機関に求めており、行政機関の側も訴訟になれば必ずこれを準備しているともいわれている」(前同書379頁)というのである。
前述のように、わが国においてもボーン・インデックス審理は採用されており、この訴訟においても、被告側に不開示文書のインデックスの提出を求める。開示を拒否した文書等を種類別、項目別に分類し、各文書ごとに、不開示理由を説明すべきである。
また、裁判所は、本訴訟の審理を充実させ実効性のあるものとするために、適切な訴訟指揮権を行使することによって、被告に不開示文書のインデックスを提出させるべきである。
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第5 この書面の結びにかえて |
1 地方公共団体における官官接待、カラ出張、視察に名を借りた観光旅行などの違法な公金支出は、住民による情報公開請求をつうじて明らかになった。情報公開請求を活用した住民の行政監視活動は、行政の悪しき慣習をうち破り、民主主義の実現に大きな足跡をもたらしてきた。
外務省をめぐっては、今年になって、元要人外国訪問支援室長の官房機密費詐取事件、元経済局総務参事官室課長補佐のハイヤー代水増し請求事件、元欧州局西欧一課課長補佐のホテル代水増し事件などの腐敗が次々と明らかになった。こうした不祥事の再発を防止するため、本年4月24日には外務省機能改革会議による提言がなされ、6月6日には外務省が改革要綱を発表した。しかし、その内容は表面的な改革を表明するにとどまり、とうてい国民を納得させるものとはなっていない。真に外務省の機能を改革するためには、「国民による監視と参加」が不可欠であり、その手段となるのが情報開示請求権である。ところが、被告は法の趣旨をねじ曲げ、「ガラス張りの行政」に背を向けようとしている。
2 アメリカ合衆国憲法の起草者の一人ジェームズ・マディソンは、「人民が情報を持たず、情報を入手する手段を持たないような人民の政府というのは、喜劇への序章か悲劇への序章にすぎない。知識を持つ者が無知な者を永久に支配する。みずからの支配者であらんとする人民は、知識が与える権力でもってみずからを武装しなければならない」と述べた。また、1966年に成立したアメリカ合衆国の情報公開法の施行に際し、ラムゼー・クラーク司法長官は、「もし政府が真に人民の人民による人民のためのものであるなら、人民は政府の活動の詳細を知っていなければならない。自己統治、すなわち国家の事項への市民による最大限の参加は、公衆に情報が与えられていて初めて意味のあるものになる。われわれがいかに統治されているのかを知らずして、どのようにしてみずからを統治することができようか。政府がきわめて多くの場面で各個人に関わっている現代の大衆社会においてほど、その政府の活動を知る人民の権利が確保されることが重要なときはない」と述べた。ジェームズ・マディソンやラムゼー・クラークの言葉は、わが国の情報公開法についてもそのままあてはまるものである。
そして、こうした理念を実現するために、司法の果たす役割がきわめて重要であることは改めて述べるまでもあるまい。裁判所は、情報公開法を「国家機密法」に転化するような被告の主張を排斥し、立法趣旨に立ち返って、民主主義・国民主権原理を具体化する法解釈、訴訟運営を行うべきである。
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以上 |