平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消請求事件

原 告  特定非営利活動法人情報公開市民センター
被 告  外務大臣

準 備 書 面 (3)

平成14年2月1日
東京地方裁判所民事第2部 御中

被告指定代理人 野  下 智 之
箕  浦 裕 幸
栗  原 壮 太
蔵  重 有 紀
菊地原 正 彦
鈴  木 敏 郎
小  池 稔
杉  浦 正 俊
篠  原 守
吉  原 健 吾
関  口 誠 二


 被告は,本準備書面において,平成13年11月22日付け原告準備書面(1)(以下「原告準備書面(1)」という。)に反論するとともに,本件において採られるべき審理の方式について被告の見解を明らかにする。

第1 原告準備書面(1)に対する反論
 原告は,原告準備書面(1)において,被告の平成13年9月21日付け準備書面(1)(以下「被告準備書面(1)」という。)における主張に対し,あたかも被告が,憲法及び法の趣旨とかけ離れた特異な解釈論を展開しているかのように述べて種々論難する。しかしながら,本件において被告の主張するところは,憲法並びに法の趣旨及び立法経過に照らし,合理的かつごく穏当なものであって,以下に詳しく反論するとおり,原告の批判の大半は,被告の主張を正解しないか,あるいは,法的な根拠のない独自の解釈に基づくものであり,到底正当なものとはいい難い。
1 「第1 はじめに」について
 原告は,「情報公開請求の対象は,『記録された媒体を離れた生の情報』ではなく,『記録された媒体と一体となった情報』であり,当該情報が記録されている状態・状況がわかる形で開示されなければならない。」とし,被告が法の規定と齟齬する主張をしているかのように批判する(2ページ)。
 しかしながら,法の規定に照らして,法による開示請求の対象が情報そのものではなく,行政文書,すなわち情報が記録された行政文書であることは,自明のことである。その上で,当該文書を開示するべきか否かは,当該文書が不開示情報が記録されているか否かにより決せられることもまた,法文上明らかであり,さらに,法5条各号に該当するか否かの判断の対象が,当該開示請求に係る行政文書に記録されている情報であることも,法の規定に照らし明らかである。被告の主張は,この当然の事理を論じ,それを前提として,法5条各号該当性の判断を行うに当たっては,判断対象である行政文書に記録された情報を特定し,判断対象である情報を把握した上でなければ,法5条各号に該当するか否かを判断することはできないという,論理上当然で否定し得ない主張を行ったにすぎない。原告が,以上の当然の事理をも否定する趣旨か否かは明らかではないが,仮にこれを否定するものであれば法の規定及び法論理に明らかに反するものであって採り得ないし,これを肯定するものであれば,被告の上記主張に対する反論として取り上げるまでもないこととなる。
 なお,被告準備書面(1)において論じたとおり,このように判断対象となる情報を特定した上で不開示事由の有無を判断すべきであるということは,最高裁判例も当然の前提としていると解される。
 いずれにせよ,この点に関する原告の主張は,理由がないか又は議論の意味がなく,失当である。
2 「第2 情報公開法の趣旨及び目的」について
(1)「1.情報公開法の基本原則」について
 原告は,「情報公開法の基本的な原則は,@誰でも理由や目的を問わず,行政機関の保有するすべての情報に対して,その開示を請求する権利を認め,A行政機関は,原則として開示請求を受けた情報を公開する義務を負うことである。」(3ページ)とした上で,「被告の主張は,情報公開法の趣旨や目的をねじ曲げ,立法の目的である『ガラス張りの行政への転換』に背を向けるものである。」(4ページ)と非難する。
 開示請求の対象は,先に述べたとおり,「情報」そのものではなく行政文書であり,その点において原告の主張は誤りであるが,その点はさておき,情報公開法が,何人に対しても,理由や目的を問わずに行政文書の開示を請求する権利を認め,開示請求を受けた行政機関の長は,開示請求の対象である行政文書を原則として開示すべき義務を負うものとしていることは,被告も当然の前提とし,かつこれまでの準備書面においても明らかにしているとおりである。
 しかしながら,そのことから,「開示請求権が情報公開法によって創設されたものであって,立法政策によってその範囲が定まる」ことが否定されるものではない。このことは被告準備書面(1)8ないし10ページにおいて述べたように,憲法21条が国民が直接に行政機関の保有する情報の開示を請求し得る権利としての「知る権利」の保障を含むものではないことから導かれるものであって,そのような憲法の解釈が情報公開法により左右されるものではないから,これを否定する原告の主張は誤りである。

(2)「2.立法経過と情報公開法の趣旨・目的」について
 原告は,被告が,「国民に行政運営に関する情報に対する開示請求権を付与するか否か,いかなる限度で,どのような要件の下で付与するかは,挙げて立法政策の問題であり,具体的な開示請求権の内容,範囲等は,専ら情報公開法の定めるところによることになる。」(被告準備書面(1)9ページ)と述べたことに対して,「立法趣旨や立法時の審議経過を無視するもの」(6ページ)と批判する。
 しかしながら,原告が「2.立法経過と情報公開法の趣旨・目的」(1)及び(2)第3,第4段落で述べている立法の経過や法の趣旨に関しては,被告は特に争うものではなく,むしろ,そのような立法経過や法の趣旨を踏まえて主張しているものであって,原告の主張はその前提を欠く。
 そもそも,憲法が,個々の国民に政府に対してその保有する情報の公開を請求する権利を保障しているか否かについては議論のあるところであるが,少なくともそのような権利が裁判上訴求可能な具体的請求権となるためには法律の定めが必要であることは,学説上もほぼ一致している。そして,原告の主張するような「知る権利」は,被告準備書面(1)8ないし10ページで述べたとおり,最高裁判例によっても否定されているのであるから,原告の主張は採り得ない。結局のところ,いかなる範囲で開示請求権が認められるかは,情報公開法自体の解釈に帰するのであって,「知る権利」という標語を持ち出してこれを左右し得るものではない。
3 「第3 不開示事由の解釈と主張立証責任」について
(1)「2.論点の整理と概括的な反論」について
 原告は,「被告は,情報公開訴訟における主張立証責任の分配について、原則的には正しい理解を示している」(7ページ)と評価しつつ,被告の主張を,「法5条3号の事由による不開示決定に関しては,『行政機関の長に比較的広範な裁量権が付与されている』ことから,本件訴訟においては,上記の原則的な主張立証責任の配分は事実上転換するというのである。」と要約する(同ページ)。
 しかしながら,そもそも原告の主張は,「主張立証責任の転換」の意義を正解しないものである。被告の主張は,後記第2に詳述するとおりであるが,被告は,被告準備書面(1)26ページ以下において,法5条3号該当性に関し被告が抗弁として何を主張立証すべきかを明らかにし,さらにこれに対する再抗弁事実として何が主張されるべきかを明らかにしただけであって,これをもって主張立証責任の転換というのは誤りである。
 さらに原告は,「法5条3号は,『行政機関の第一次的な判断権』の尊重を規定するものではあるが,そのことは,司法審査を事実上排除するような広範な裁量権を行政に与えたものではな」い(7ページ)と主張するが,原告も承認するように法が「行政機関の第一次的判断権を尊重する」ということを明らかにする趣旨で法5条3号を定めた以上,そのことは,とりもなおさず,当該判断について行政機関の長の裁量を認めていることを意味するにほかならず,裁判所は,行政機関の長「の判断が合理性を持つ判断として許容される限度のものであるかどうかを審理・判断することとするのが適当である」という「情報公開法要綱案の考え方」の表現自体が行政機関の長に裁量権を付与したことを明らかにしているのである。そして,被告は,このことを根拠として「当該処分に社会通念上著しく妥当性を欠くなど裁量権を逸脱,濫用したと認められるかどうかを審査すべきである」(被告準備書面(1)25ページ)としているのであって,このような考え方は正に上記の「情報公開法要綱案の考え方」,すなわち情報公開法の趣旨に沿ったものであるから,司法審査が事実上排除されるなどと論難するのは,被告の主張及び情報公開法を正解しないというほかない。

(2)「3.原則開示と行政機関の開示義務」について
 原告は,「行政文書の『不開示』はあくまでも例外であること,『不開示情報』が記録されている場合を除いて,行政機関の長は裁量によって開示しないという対応をとることは許されず,必ず開示しなければならないことを示している。」(8ページ)と述べる。
 しかしながら,このようなことは被告も当然の前提とするものであるから被告の主張を排斥し得る論拠たり得ず,原告の主張する結論に結びつくための理由としての意味を何ら有しない。問題は,法の規定している不開示情報の具体的内容は何か,その該当性を判断するためにいかなる審理が行われることを法が予定しているのかを解明することにあり,被告の主張も,この問題点に関して述べたものである。
 ちなみに,原告の上記主張のうち,「行政機関の長は裁量によって開示しないという対応をとることは許され」ないとの部分は,開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されていない場合においていわゆる効果裁量が否定され,開示が義務づけられているという点に関する論述であって,不開示情報該当性の判断,いわゆる要件裁量の問題とは次元を異にするのであるから,このことは,「不開示情報」に関する解釈や主張立証責任を考える上で意義を有し得ない。

(3)「4.法5条3号の解釈と主張立証責任」について

ア 「(1)法5条3号の趣旨と解釈態度」について
 原告は,「法5条3号の事由のうち,『国の安全が害される情報』という概念は曖昧であるし,『他国又は国際機関との信頼関係が損なわれる情報』,『他国又は国際機関との交渉上不利益を被る情報』という定義を形式的に解釈すれば,およそ諸外国または国際機関との関係に関する情報はほとんど不開示とされてしまうことになる。」(8ページ)と主張する。その上で,「本来は防衛・外交情報こそ国民の生命や身体の安全等の利益と最も関連の深い情報であるから,主権者である国民の民主的なコントロールにおかれる必要がある。」(同ページ)と述べる。
 しかしながら,行政機関の保有する行政文書については,不開示情報が記録されている場合を除き開示されることとなるが,不開示情報の範囲をいかに定めるかは立法政策の問題であり,原告の主張は既に立法機関において議論され,法文として決定されたものを司法の場において蒸し返そうというものであって,法解釈として採り得ない。
 さらに,防衛や外交に関する情報が国民の生命や身体の安全等の利益と関係があるという面を有すること自体は否定できないが,そのことから直ちに不開示情報の範囲をどのようにすべきか定まるものではなく,むしろかえって弊害があることも考えられるのである。我が国の安全,他国との信頼関係及び我が国の国際交渉上の利益を確保することは,国民全体の基本的な利益を擁護するために政府に課された重要な責務であることから,情報公開法5条3号が規定されたものであって,原告の主張するごとく短絡的に考察できるものではない。
 要するに,原告の主張は情報公開法5条3号の規定に反するものであって採り得ない。

イ 「(2)広範な裁量権に対する反論1」について
 原告は,この点に関する情報公開法要綱案の規定が情報公開法において改められたことを理由として情報公開法5条3号が行政機関の長に比較的広範な裁量権を付与したと解されるというように被告の主張を要約した上で,趣旨が変わらないことは審議経過にかんがみ明らかであるから,「法5条3号については『行政機関の第一次的な判断権』を尊重することを明らかにしたにすぎず,決して行政庁に広範な裁量権を付与するものではない」(9ページ)と主張する。
 しかしながら,かかる原告の主張は,被告の主張及び法の趣旨を正解せず,誤った前提に立って論難するもので失当である。すなわち,被告準備書面(1)24ページ以下においても明らかにしたように,情報公開法要綱案における同号に関する規定は,その情報の性質を考慮した上で,司法審査においては,裁判所は,行政機関の長の第一次的な判断を尊重し,その判断が合理性を持つものとして許容される限度内のものであるかどうかを審査判断することとするのが適当であるという考え方を表したものであったところ,情報公開法要綱案における規定によった場合,裁量を尊重する趣旨か否かについて疑義があるという考慮から,情報公開法の規定に改められたものであって,行政機関の長の裁量を尊重すること,換言すれば行政機関の長に裁量権が付与されていることは,情報公開法要綱案,情報公開法のいずれにおいても明らかにされていたものである。このことから「情報公開法5条3号に定める国の安全等に関する情報の該当性の判断については行政庁に比較的広範な裁量権が付与されている」(被告準備書面(1)25ページ)と解されるのである。したがって,原告の主張はその前提を欠く。

ウ 「(3)広範な裁量権に対する反論2」について
 原告は,「もし,被告が主張するように,法5条3号に関し行政庁に広範な裁量を認めるのであれば,法5条3号の判断の際に「不開示情報の規定により保護される利益に優越する公益が認められる」かどうかについても当然検討されることになるから,行政庁の裁量開示を規定した法7条は無意味となってしまう。」(10ページ)との理解を前提とし,被告の主張が誤りである旨主張する。
 しかしながら,かかる主張は,情報公開法5条3号及び7条に関する誤 解に基づくものであって,失当である。すなわち,被告が主張している行政機関の長の裁量とは,法5条3号における「国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」があるか否かに関する判断についてであり,行政文書に記録されている情報が不開示情報に該当するか否かに関する判断である。これに対し,法7条は,開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されている場合であっても,公益上特に必要があると認めるときに裁量によって行政文書の開示を行うことを許容するものである。したがって,行政機関の長は,法5条3号の判断においては,開示に関する公益上の必要を考慮することなく,同号所定のおそれがあるか否かを判断すべきものである。とすれば,法7条が行政機関の長に裁量的開示を認めていることにより,法5条3号該当性についての行政機関の長の裁量を否定することはできず,原告の主張は失当ではある。

エ 「(4)広範な裁量権に対する反論3」について
 原告は,被告が挙証責任を転換させる趣旨の主張を展開するとともに,法5条3号該当性を形式的に主張すれば足りると主張していると解し,それを前提として,前記解説(この趣旨は不明確であるが,「情報公開法要綱案の考え方」を指すものと解される。)からは,そのような結論は引き出しえ得ないし,行政事件訴訟法30条の解釈としても誤っている旨(10ページ)論難する。
 しかしながら,そもそも,原告の上記主張は,被告の主張を誤解し,又は不正確に要約するものであって,前提において誤っている。被告の主張は,「被告が,抗弁として,当該行政文書に『情報』が記録されていること,及び,当該『情報』が同法5条3号に該当するという点に関する判断について裁量権を行使し,その充足を認めたことを主張立証した湯合,原告において,再抗弁として,被告の判断が裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったことを基礎づける事実を主張立証しなければならない」(被告準備書面(1)27,28ページ)というものであり,その眼目は,まずもつて,法規に照らし,司法審査において主張立証の対象となる不開示決定の適法性を基礎づける要件事実は何かを分析,解明するところにある。原告は主張立証責任とその転換というものを正確に理解しないままに論じているといわざるを得ない。
 情報公開法要綱案の考え方等にあるように,司法審査の場において,裁判所は行政機関の長の第一次的な判断を尊重し,その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるかどうかを審理・判断するとすれば,それは被告の主張するような審理・判断にならざるを得ないのであって,原告は情報公開法の趣旨を誤るものである。
 また,行政事件訴訟法30条に関しては,その規定からも明らかなとおり,「裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合」であることを基礎づける事実については,それを主張する側が主張立証責任を負う(行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究165ページ)と解するのは一般的な理解であって,被告は,そのような一般的理解を前提とした主張をしているものであり,行政事件訴訟法30条の解釈を誤っていることはない。

オ 「(5)主張立証責任に対する反論」及び「(6)法5条3号に関するまとめ」について
 原告は,本件における被告の主張が,「(5)主張立証責任に対する反論」に引用する情報公開法の審議経過における政府委員の説明内容と矛盾するものであるかのように非難する。しかしながら,そもそも原告の引用は,政府委員の答弁を正確に引用したものではなく,しかも政府委員の説明内容は,まさに被告の主張に沿うものであって,何ら矛盾はない。
 そして,原告は,それまでの主張を前提として,「被告が主張立証すべき事項は,少なくとも,@『他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ』のある情報であること,A『おそれがあると行政機関の長が認めるについての相当の理由』は,欠かせないものということになる。」とし,しかも「裁判所は,上記@及びAについて,独自の立場から被告の判断が正当か否かを審査することになる。」(11,12ページ)と主張する。
 しかしながら,そもそも原告の「第3 3.」における主張が仮に正しいとしても,それによって被告が主張・立証を行うべき事実が上記@及びAになるものではなく,何らその根拠となり得ない。
 そして,裁判所が,独自の審理・判断を行うべきである旨を主張する点は,被告準備書面(1)(24,25ページ)において主張したとおり,法の規定に明白に反するものであり,かつ立法経過に照らしても,明らかに誤りといわねばならない。法は,同法5条3,4号に該当する情報については,その性質にかんがみ,原告の主張するように裁判所が独自の立場から審理・判断することを不適切であって許容し得ないからこそ,他の各号と異なる規定としたのであって,原告の主張が採り得ないことは明らかである。
 のみならず,原告の主張する,不開示決定が適法性を充足するためには上記@及びAをそのいずれをも満たす必要があるという見解は,法5条3号の構造を理解しないものである。そもそも,Aは@の存在を認めることについての「相当の理由」であるから,両者のそのような関係からして,上記@が肯定されるが同Aが否定されるという場合は存在し得ない。また,上記Aが肯定される限り,不開示情報であるとしての判断は適法なものとされるのが法の規定より明らかであり,それと別個に上記@を論ずる意味はない。したがって,いずれにしても上記@を不開示決定の適法要件事実として措定することは無意味である。
 そして,被告としても,法5条3号該当性の判断に関し,裁判所が審査  し得ないと主張しているものではなく(被告準備書面(1)33,34ページ),ただ,審査の在り方として,同号所定のおそれがあるという行政機関の長の判断が,裁量権の範囲を超え又はその濫用があったか否かを審理しなければならず,そのように裁量権の範囲を超え又はその濫用があったことを基礎づける事実についての主張立証責任は原告にあることを主張しているにすぎないものであり,かつ,この解釈が,行政事件訴訟法30条に照らし正当なものであることは,上記エにおいて述べたとおりである。

(3)「4 法5条6号の解釈と主張立証責任」について

ア 「(1)『その他事務又は事業」について
 原告は,「法5条6号は,同号イないしホに記載したおそれのあるものを不開示事由として列挙したのち,『その他事務又は事業』と規定している。同号のイないしホの事由は,いずれも事務・事業の特殊性から,情報を開示するとその事務・事業の目的が損なわれてしまう場合があるものを限定的に不開示事由としたものである。」(12ページ)と主張する。
 しかしながら,法5条6号イないしホは,国の機関又は地方公共団体が行う事務又は事業が広範かつ多種多様であり,公にすることによりその適正な遂行に支障を及ぼすおそれのある事務又は事業の情報を事項的にすべて列挙することは技術的に困難であり実益にも乏しいことから,各機関に共通的にみられる事務又は事業に関する情報であって,公にすることによりその適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報を含むことが容易に想定されるものを例示的に列挙したものであり,これ以外のものについては,「その他当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」として包括的に規定されたものであることは,立法経過に照らし明らかであり(行政改革委員会・「情報公開法要綱案の考え方」四(6),総務省行政管理局編・詳解情報公開法479ページ),異論をみないところである。そして,法文上も「その他事務又は事業」と規定されていることからも,これが明らかであり,これを限定列挙とする原告の主張は,明文に反するものであると同時に立法経過に基づかない独自の見解というほかない。

イ 「(2)『適正な遂行に支障を及ぼすおそれ』について」について
 原告は,「被告は(中略)『支障』の程度は一般的で足り,『おそれ』についても,抽象的な可能性があれば足りるかの主張をおこなっている。」(13ページ)と論難する。
 しかしながら,被告の主張は,「支障」及び「おそれ」を含む不開示情報の判断においては,開示請求者ないし原告の個別的事情,動機などにかかわらず,広く,不特定多数の者に対して公開されるという前提に立って,法5条各号に該当するか否かの判断を行わなければならない旨主張したものであり,また,開示された文書が入手された場合にどのような支障が生ずるかは,具体的特定人との関係で検討するのではなく,不特定人との関係で検討を要すること(被告準備書面(1)29,30ページ),及び,それゆえに類型的にみていかなる性質の情報が記録されているかという事実に基づき,経験則に照らして判断を行わなければならないことを主張したもの(同31ページ)であって,特定人との関係において個別的な支障が生ずる蓋然性が高いか否かという判断を意味するものではないことを主張したものである。原告の主張は,被告の主張を正解しないものである。

ウ 「(3)法5条6号の解釈のまとめ」について
 原告は,「法5条6号の「その他事務又は事業」とは,同号イないしホに準じるもの,『適正な遂行に支障を及ぼすおそれ』とは,事務・事業の性質上,情報を開示した湯合の不都合が明らかな場合と厳格に解すべきである」(13,14ページ)と主張する。
 しかしながら,原告のいう,同号イないしホに『準じるもの』という意味限定する趣旨でないことは,上記アのとおりである。
 また,原告が同号を「事務・事業の性質上,情報を開示した場合の不  都合が明らかな場合と厳格に解すべきである」とする点については,規定の文言と矛盾し,また,開示することの公益と不開示とすることの公益との適正なバランスの確保が法の趣旨であることを看過するものであって,理由がない。
第2 本件において採られるべき審理の方式について
 被告は,以下,本件において採られるべき審理の方式について従前の主張をふえんして詳述し,併せて,必要な範囲で,原告準備書面(1)の「第4 本訴訟の審理のあり方」に対し反論を加えることとする。
1 基本的な考え方
(1) 法は,「何人も,この法律の定めるところにより,行政機関の長(中略)に対し,当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。」(3条),「行政機関の長は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(中略)のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求に対し,当該行政文書を開示しなければならない。」(5条本文)と規定しており,原告が,開示請求に係る行政文書を当該行政機関が保有していることを主張立証すれば,行政機関の長は,原則として当該行政文書を開示すべき義務を負い,これに対し,当該文書を不開示とする決定をした場合には,当該行政機関の長において不開示決定の適法性を根拠づける 事実を主張立証すべきこととなる(被告準備書面(1)26,27ページ)。
 法は,5条本文の原則的開示義務の例外として開示を禁止する事由として,同条各号の不開示情報が記録されていることを規定しているから,不開示決定の適法性を根拠づける事実とは,法5条各号の不開示事由が存在すること,すなわち@当該行政文書に「情報」が記載されていること,A当該「情報」が同法5条各号に該当することである(被告準備書面(1)27ページ)。
 一般的抽象的にいえば,上記のとおりであり,このことについては原被告間に何ら見解の相違はない。
(2)問題は「A当該「情報」が同法5条各号に該当すること」に当たる事実は何かということであり,不開示決定の適法性を基礎づけるこの要件事実の具体的な内容を探求し,解明することにある。
 そこで,この点を法の規定に則して考えると,その具体的内容は,例えば法5条1号所定の不開示事由においては,当該文書に,個人に関する情報であって特定の個人を識別することができるものが記録されていることであり,同6号本文所定の不開示事由においては,当該文書に,国の機関又は地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報であって,公にすることにより,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報が記録されているである。
 これに対し,法5条3号所定の不開示事由においては,「公にすることにより(中略)おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」と規定されており,規定の文言からしても,立法の経過(被告準備書面(1)24,25ページ)からしても,そこにおける不開示決定の適法要件事実は,同号所定のおそれがあることそのものではあり得ない。
 この規定の趣旨は,そのように認めることにつき,行政機関の長に裁量権を付与し,その第一次的な判断権を尊重することにあることは,上記立法経過に徴して明らかであるから,これについては行政事件訴訟法30条が適用されることとなり,@において「おそれがある」と行政機関の長が認めた判断が,裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったことを基礎づける事実の主張立証責任を原告が負担することとなるのであり,当該行政機関の長が認めた判断が,裁量権の範囲内であること及び裁量権の濫用がないことを基礎づける事実の主張立証責任を被告が負担するのではない。
 すなわち,被告たる行政機関の長は,抗弁事実すなわち不開示決定の適法性を基礎づける根拠事実として,@当該行政文書に「情報」が記録されていること,A当該「情報」が同法3号に該当するという点に関する判断について裁量権を行使し,その充足を認めたことを主張立証すれば足りることとなるのである(被告準備書面(1)25,28ページ)。
2 原告の主張に対する反論
(1)原告は,原告準備書面(1)「第4本訴訟の審理のあり方」において,イン・カメラ審理及びヴオーン・インデックスの提出がセットになって必要である旨主張し,「わが国情報公開法には,これらの審理方式には具体的な規定を欠いている。しかし,このことは,これらの方式によって審理を進めることを禁ずる趣旨でないことは明らかである。」と主張する(16ページ)。
 しかしながら,そもそも,イン・カメラ審理は許容されないのであって,審理方法として取り得ないというべきである。立法過程においては,情報公開訴訟へのイン・カメラ審理の導入についても議論はされたが,結果的には,「この種の非公開審理手続については,裁判の公開の原則(憲法第82条)との関係をめぐって様々な考え方が存する上,相手方当事者に吟味・弾劾の機会を与えない証拠により裁判をする手続を認めることは,行政(民事)訴訟制度の基本にかかわるところでもある。(中略)そこで,本要綱案では,イン・カメラ審理の問題について取り上げなかったが,今後,上記の法律問題を念頭に置きつつ,かつ,情報公開法施行後の関係訴訟の実情等に照らし,専門的な観点からの検討が望まれる。」(前掲「情報公開法要綱案の考え方」八(2)イ)とされたところであり,「情報公開訴訟にイン・カメラ審理を導入するためには,憲法第82条に抵触しないとの理論構成を確立しなければならないし,あるいは,憲法第82条に抵触しないような形での導入を図るように工夫をしなければならないことになる。」と解されている(畠基晃「情報公開法の解説と国会論議」162ないし164ページ)。
 また,民事訴訟法の規定に関しても,イン・カメラ審理を行うことは同法87条1項,91条1項,2項,149条4項,253条1項等に抵触する疑いを払拭できない。
 したがって,裁判の公開を基本とする我が国の法秩序はイン・カメラ審理を許容するものではなく,情報公開法もそれを前提としてイン・カメラ審理に関する規定を置かなかったものであるから,法の規定の根拠がなくても,「司法権」に基づいてイン・カメラ審理を行うことが可能であるとの考え方を採っていないことは明らかというべきである。
 なお,原告が主張において例として引用する米国の事例においても,国家安全保障情報について,イン・カメラ審理を行う前に,政府機関に宣誓供述書等による立証の機会が与えられなければならず,かつ,当該宣誓供述書に実質的な優越性を与えなければならないこととされているといわれており,決して無条件にイン・カメラ審理が実施されているわけではない(岡本篤尚「国家秘密と情報公開」125ないし133ページ,宇賀克也「アメリカの情報公開」146ページ)。
 以上のとおり,本件においてイン・カメラ審理を行うことは相当ではなく,被告としてこのような審理形態に応じる意思はない。
(2)また,ヴォーン・インデックスの提出については,そもそも原告がいかなるものを想定しているか定かではないが,一般に米国においてはヴォーン・インデックスとは,@開示しない記録の範ちゅうについての記述,Aそれぞれの範ちゅうについての不開示情報の条項,B不開示情報に該当する理由を記載したインデックス(前掲「アメリカの情報公開」142ページ,同「情報公開法の理論」36ページ)とされているところである。結局のところ,かかるヴォーン・インデックスとは,開示請求に係る文書の種類が多岐にわたる場合に,その各々について不開示情報が記録されているか否かを審理判断するに際して用いられるものであり,かつ,開示請求を受けて不開示との判断を行った者がその主張を表形式等で行うというだけのものにすぎない。
 したがって,第一に,ヴォーン・インデックスとは結局は単に主張の方法にすぎないのであり,それを文章で行うと表で行うとその実質は同じであるから,あえてヴォーン・インデックスという方式を取り上げるまでもないし,また,かかる主張の手段・方法は訴訟当事者がその判断において自由に行うべきものであって,他から強制されるべき性質のものではない。
 第二に,本件においては,報償費の支払に関する文書のみが開示請求の対象となる文書であり,かつそれについて不開示決定をした理由も同一であって既に主張済みであるから,かかる手段による必要もない。また,情報公開訴訟の特質として述べたところから明らかなように,司法審査においては個別の記載内容に対する判断ができず,類型的な性格による判断が求められるところ,すでに被告において相当程度明らかにした報償費の性格を前提として,不開示情報該当性の判断が可能となっているものである。
 したがって,本件においては,特にヴォーン・インデックスの提出を行うことは不要であるといわざるを得ない。
第3 まとめ
 以上のとおり,本件において,被告は,不開示決定の適法性を基礎づける根拠事実としての,@当該行政文書に「情報」が記録されていること,A当該「情報」が同法3号に該当するという点に関する判断について裁量権を行使し,その充足を認めたことを主張立証している。 よって,原告において,被告の上記裁量権の行使が,裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったことを基礎づける事実の主張立証がない本件においては,原告の主張は理由がないことが明らかであるから,本件請求は棄却されるべきものである。