平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消求事件
原 告 特定非営利活動法人情報公開市民センター
被 告 外務大臣
準 備 書 面 (9)
平成16年2月18日
東京地方裁判所民事2部A2係 御中
被告指定代理人 間 史 恵
友 利 英 昭
吉 田 尚 弘
山 本 美 雪
高 林 正 浩
伊 原 純 一
相 沢 英 明
西 海 茂 洋
鈴 木 亮 太 郎
片 山 太 一
被告は,本準備書面において,原告準備書面(6),(7)に対し,必要な範囲で反論する。
なお,略語については従前の例による。
第1 はじめに
1 原告準備書面(6),(7)における主張の概要
原告は,準備書面(6),(7)において,以下のような主張をしている。
(1) 被告は,原告が開示を求めた文書を大臣官房及び在外公館とも「支出行為に先立つ決裁書」に一方的に限定し,「決裁書」以外の文書は原告の開示請求の対象外であると断定し,決裁書以外の関係書類や添付書類を殊更除外し,あらかじめ「領収書」等を対象文書から除外しようと企み(原告準備書面(6)2,3ぺ一ジ),不開示とした情報の特定すら行わず,不開示処分の理由についても法に則った具体的な主張を行っていない(原告準備書面(6)2ないし10ぺ一ジ)。被告は,「報償費」と同じく被告のいう「補完的に公にしないことを前提とする活動」に当たる「在外公館交流諸費」に係る支払証拠書類をかなりの程度開示していることからみても,「報償費」に係る本件開示請求対象文書の全面不開示に理由はない(原告準備書面(7))。
(2) @情報公開法の定める不開示事由に当たるか否かは,行政機関の長が主張立証責任を負うもので,同法5条3号は,「行政機関の第一次的な判断権」を尊重することを明らかにしたにすぎず,行政庁に広範な裁量権を付与するものではなく,同号についても原則どおり被告が主張立証責任を負い,被告が同号の要件に該当すると判断したことの合理性について主張・立証することとなる(原告準備書面(6)16ないし18ぺ一ジ)ところ,A報償費の使途は目的外使用や不正使用にわたるものであり,法5条3号や6号該当性のない支出(同準備書面32ぺ一ジ)であって,1069件の多くは,被告主張のようには使われていないことが推認できるのであって,この原告の反論を,再抗弁とみるとしても,この再抗弁は立証されており,被告が主張する『相当の理由』は消滅している(同準備書面34ぺ一ジ)(同準備書面22ないし35ぺ一ジ)。
しかし,原告の上記主張はいずれも失当である。
(1) 原告の上記主張(1)については,被告は既に「決裁書」には支払証拠書類が含まれていることを明らかにしているのであって,被告の主張を正解しないものである。また,「在外交流諸費」に係る文書の開示状況を根拠として被告を論難する点は,その前提において誤っているものである(第2の文書の特定等に関する原告の主張について)。
(2) 原告の上記主張(2)については,その趣旨が必ずしも判然としないものの,情報公開法5条3号及び6号のいずれについても,当該行政文書に係る支出が目的外使用・不正使用かどうかが不開示情報該当性の判断に影響を及ぼすという前提に立つものと解されるが,そのような前提を採ること自体,情報公開法の解釈を誤るものである上,同法5条3号に規定する不開示情報該当性に関する主張・立証責任についても,同法の解釈を誤るものである(第3の目的外使用・不正使用に関する原告の主張について)。
また,原告の,目的外使用・不正使用に係る主張は,再抗弁として主張自体失当である(第4の不祥事等に関する原告の主張について)。
以下,詳述する。
第2 文書の特定等に関する原告の主張について
原告は,原告が被告に開示を求めた文書は,外務省大臣官房,在米日本大使館,在仏日本大使館,在中国日本大使館及び在フィリピン日本大使館において,平成12年2月及び3月に支出された,「交際費,報償費ならびに諸謝金に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等の一切の文書」であるところ,被告は,原告が開示を求めた文書を大臣官房及び在外公館とも「支出行為に先立つ決裁書」に一方的に限定し,「決裁書」以外の文書は原告の開示請求の対象外であると断定し,決裁書以外の関係書類や添付書類を殊更除外し,あらかじめ「領収書」等を対象文書から除外しようと企み(原告準備書面(6)2,3ぺ一ジ),不開示とした情報の特定すら行わず、不開示処分の理由についても法に測った具体的な主張を行っていない(原告準備書面(6)2ないし10ぺ一ジ)が,「在外交流諸費」に係る文書の開示状況からみても,本件全面不開示に理由はない(原告準備書画(7))などと主張する。
2 原告の主張が失当であること
しかし,原告の上記主張は,以下述べるとおり失当である。
(1)ア 文書の特定に関する原告の上記主筆は,原告の準備書面(5)6ないし8ページの主張をいたずらに繰り返しているにすぎず,被告の主張に対する原告の無理解に基づく全く根拠のないものである。
被告が,「決裁書」を請求対象文書として特定したのは,外務省における報償費の支出手続,本件対象文書の作成慣行や整理状況に照らして行ったものである(被告準備書面(4)9ないし14ぺ一ジ,準備書面(7)9ぺージ)。このような扱いは恣意的なものではなく,合理的な根拠のあるものである上,被告は,この「決裁書」には,添付された「領収書」等の支払証拠書類が含まれていることを既に明らかにし,十分な説明を行っている(被告・準備書面(4)9ないし14ぺ一ジ,準備書面(7)9ぺ一ジ)。
以下,「決裁書」にどのような書面が含まれているかについて再度述べる。
イ 大臣官房で支出された報償費に関する文書である「決裁書」には,案件により異同があるものの,@外務本省における決裁書,A見積書,B契約書,C検査調書,D請求書,E領収書,F支出依頼書,G外務本省における案件ごとの支払明細書が含まれている。
すなわち,外務本省における決裁書は,当該報償費の予算の執行を要する事務を担当する部局において,事前決裁を得るため,当該事務に要する予算支出の要否に関して起案するものであるが,事務遂行後,支出負担行為及び支出を行うことを依頼する際には,上記決裁書に,支出を依頼する旨を付記,あるいはその旨の紙面を付加するとともに,請求書等関連書類がある場合にはこれも添付する(被告準備書面(4)10ないし12ぺ一ジ)。見積書は,支出予定額を決定するために調達先より入手する文書である。契約書には,成果物とその対価についての具体的内容が記載されている。検査調書は,当初の決裁内容どおりに契約が履行されたか否かを確認する際に作成される。請求書及び領収書は,いずれも役務提供者等から徴収するものである。支出依頼書は,当該事案を担当する各局部課室が会計課長に対して,事案に要した経費の支出を求める文書である。支払明細書は,取扱責任者が役務提供者等に支払を行ったことを示す文書である。
ウ 在米,在仏,在中,在フィリピン各日本大使館で支払われた報償費に係る「決裁書」には,案件により異同があるものの,@在外公館における決裁書,A領収書,B請求書が含まれている。
すなわち,上記在外公館における決裁書は,当該報償費の執行を要する事務を担当する担当者,担当部署において,取扱責任者(在外公館長)の事前決裁を得るため,当該事務に要する予算支出の要否に関して起案するものである。事務遂行後,報償費の支払が実際に行われたことを示すため,上記決裁書に役務提供者等から徴収された領収書等があればそれを貼付する(被告準備書面(4)13,14ぺ一ジ)。領収書及び請求書は,大臣官房で支出された報償費に係る上記請求書及び領収書と同様のものである。
(2)ア また,被告は,これまで,「決裁書」に記載されている事項についても可能な限り具体的に特定しており,これ以上の特定はできないと判断した上で,そのそれぞれについて,不開示とした情報そのものを明らかにできないとの制約の中で,可能な限り不開示理由を説明してきたものである(被告準備書面(5)2ないし11ぺ一ジ,準備書面(6)30ないし32ぺ一ジ,準備書面(7)2ないし8ぺ一ジ。)。したがって,原告が,被告において不開示とした情報の特定すら行わず,不開示処分の理由についても法にのっとった具体的な主張を行っていないとする点は,何ら根拠がないものである。
イ なお,原告は,報償費に係る「決裁書」の不開示情報該当性を否定する事情として「在外公館交流諸費」に係る文書の開示状況を挙げる。
原告の上記主張は,在外公館交流諸費が報償費と同様の目的で用いられているとの前提に立った立論と解される。
しかし,「在外公館交流諸費」は,在外公館において,当該任国の要人,政府関係者,外交団等との問で交流を通じた意見交換や良好な人的関係の育成等を促進するための経費であり,公にしたとしても基本的には支障をきたさない活動に用いられるものである。これに対し報償費は,公にしないことを前提にした情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するための活動に使用する経費に充てられるものであって,両者はその性格が根本的に異なるものである。
したがって,原告の上記主張は,その前提において失当である。「在外公館交流諸費」に関する文書の開示状況は,本件とは何の関連性もなく,報償費に係る本件開示請求対象文書に記載された情報の不開示情報該当性を否定する根拠となり得るものではない。
3 情報公開法における「情報」の意義及び判断構造についての補足説明
なお,文書の特定等に関連し,不開示情報該当性の審理の前提となる「情報」のとらえ方等については,既に詳細に論じているが(被告準備書面(1)10ないし22ぺ一ジ),その後の裁判例の動向等も踏まえて,補足して説明する。
(1) 法における「情報」の意義及び判断構造
ア 情報公開法の解釈としては,「情報」の同一性,範囲(情報の単位)は,不開示事由の判断とは別に,これに先行して判定すべきものである。最高裁判所も,地方公共団体の情報公開条例の非公開事由の判断と情報の単位の判定との関係につき,@大阪府知事交際費訴訟差戻前上告審判決(最高裁平成6年1月27日第一小法廷判決・民集48巻1号53ぺ一シ),A大阪府水道部懇談会会議費訴訟判決(最高裁平成6年2月8日第一小法廷判決・民集48巻2号255ぺ一ジ),B大阪府知事交際費訴訟差戻後上告審判決(最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決・民集55巻2号530ぺ一ジ)において,上記の被告が主張する法の解釈と同様の論理構成を示し,さらに,C京都府知事交際費訴訟判決(最高裁平成13年5月29日第三小法廷判決・判例時報1754号63ぺ一ジ)も,前掲最高裁判所平成13年3月27日第三小法廷判決と同様の理論を踏襲している。
イ そして,その後のD名古屋市長交際費訴訟判決(最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・判例時報1782号9ぺ一ジ),E愛知県知事交際費訴訟判決(最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号467ぺ一ジ)も,その判示内容からみて,同様の理論を採っていることは明らかである。
(2) 情報の単位のとらえ方
ア 「情報」とは,社会通念に照らし,「個々の構成要素(語,文字,記号等)がある事象,事柄の伝達のために,人為によって統合され,構成され,一体的で,他と独立した知らせとなっているもの」をいうと解されるのであって,記載されている紙面が別葉にわたるなどという形式的理由のみによって各欄の記述を別個の情報とすることはできないし,当該記述等を,ほかの記述等から切り離してしまうと,その知らせとしての意味が異なってくるか,あるいは知らせとしての意味が消え失せるような場合は,それは,一体的な情報の構成要素と解すべきである。
以上の解釈は,最高裁判所が,地方自治体の情報公開条例における「情報」の意義について,前掲大阪府知事交際費訴訟差戻後上告審判決(その理解について,同判決の判例解説である法曹時報55巻4号1214ないし1217ぺ一ジ参照)が採った解釈に適合するものであって,前掲京都府知事交際費訴訟判決も上記大阪府知事交際費訴訟差戻後上告審判決の考え方を踏襲したものである。
イ そして,その後の最高裁判決も,上記の考え方を踏襲している。
すなわち,前掲名古屋市長交際費訴訟判決は,前渡金出納簿及び支払証明書については,「各交際費の支出ごとにその年月日,金額,摘要ないし内容などの関係記載部分が当該交際費に係る市長の交際に関する独立した一体的な情報を成すものとみるべきであり」,領収書については,「各交際費の支出ごとにこれに対応する本件領収書に記載された情報が全体として当該交際費に係る市長の交際に関する独立した一体的な情報を成すものとみるべきである」と判示している。また,前掲愛知県知事交際費訴訟判決も,領収書及び支払明細書につき,上記と同旨を判示し,現金出納簿については「各交際費の支出ごとにその年月日,金額,摘要,金員の受払等の関係記載部分が当該交際費に係る知事の交際に関する独立した一体的な情報を成すものとみるべきである」と判示している。
以上の各判決は,いずれも各情報公開条例における「情報」を独立した一体の情報と解した上で,知事の交際等のある事象,事柄に関する知らせという観点から,個々の記述が人為的に統合,構成され,社会通念上「独立した一体的な情報を成すもの」と判示したものであり,このような解釈は,最高裁判所の確立した判例理論となっている。
もとより,上記各判決は,いずれも情報公開条例に係る判決であるが,条例にいう「情報」と情報公開法における「情報」とは,何ら異なるところはない。したがって,上記判例の論旨は,情報公開法における「情報」についても同様に妥当するというべきである。
ウ 情報公開法に関する裁判例においても,以下に述べるとおり,以上と同様の解釈に基づく判断が示されている。
(ア) 仙台地方裁判所平成15年12月1日判決(乙第14号証)は,法5条4号に関する事案において,法にいう「情報」の単位について,上記解釈と同じ立場に立った。
すなわち,原告による「仙台高等検察庁の調査活動費の支出に関する一切の資料(平成10年度)」の開示請求に対し,被告仙台高等検察庁検事長が,支払明細書及び領収書について,法5条4号の不開示事由に該当するとして不開示決定をしたことから,同決定の取消しを求めて訴えが提起された事案において,仙台地方裁判所は,1個の文書中の部分開示の要否について,「情報公開法6条1項は,その文理に照らすと,1個の行政文書に複数の情報が記録されている場合において,それらの情報のうちに4号の不開示情報に該当するものがあるときは,当該情報を除いたその余の情報についてのみ,これを開示することを行政機関の長に義務付けているにすぎないと解され,同項が,不開示情報に該当する独立した一体的な情報を更に細分化して,その一部を不開示とし,その余の部分を開示することまでをも行政機関の長に義務付けているものと解することはできない。そして,本件支払明細書の明細欄は,各調査活動費の支出ごとに,その年月日,金額,使用目的,取扱者等の関係記載部分が,その調査活動費にかかる調査活動に関する独立した一体的な情報をなすものとみるべきであり,また,本件領収書も,その年月日,受領金額,受領者の氏名及び印影が,独立した一体的な情報をなすものとみるべきであるから,本件文書には,それらの情報以外の情報は記録されていないことになり,部分開示を認める余地はない。」と判示した。
(イ) また,大阪地方裁判所平成16年1月16日判決(乙第15号証)も,上記の解釈を採ることを明らかにした。
すなわち,同判決は,刑事事件に関する領置票に関し,法5条の不開示情報該当性を判断するに当たり,「本件領置票には,当該事件における各証拠品に共通する記述等及び各証拠品に固有の記述等がなされていると認められるところ,これらの記述等により構成される情報が法5条各号に掲げる不開示情報に該当するか否かを判断するにあたっては,当該記述等のうちのいかなる部分をもって不開示情報該当性の判断の対象となる1個の情報が構成されているのかを明らかにする必要がある」,「法5条各号の不開示情報の内容をみても,ここにいう情報とは,ある事柄についての知らせとして意味のあるものを想定していることは明らかである。すなわち,ある行政文書における記述等のうち,例えば特定の個人の氏名,生年月日等の記述は,通常それ自体では情報として意味のあるものではなく,当該文書のその余の記述等とあわせて初めて意味のあるものとなることから,法は,これら個々の記述等のうち,ある事柄についての独立した一体的な知らせとして意味のあるものとなるべき部分が全体として一個の情報を構成するものとしていると解される。…したがって,法5条各号に掲げる不開示情報該当性の判断の対象となる情報とは,ある行政文書の記述等のうち,一定の事柄についての知らせとして,他の記述等と独立した一体のものと把握される部分の全体をいうと解するのが相当である。」と判示した上で,「本件領置票に記録された情報が法5条各号に掲げる不開示情報に該当するか否かを判断するにあたっては,各証拠品ごとの独立した一体的な情報が全体として同条各号に該当するか否かを判断すべきであり,これらの情報を構成する各記述等のうち,被疑者氏名…といった各部分ごとにその不開示情報該当性の有無を判断することはできないと解するのが相当である。」とした。また,本件領置票の部分開示の可否については,「法6条1項は,1個の行政文書に複数の情報が記録されている場合」についての規定であって,「不開示情報に該当する独立した一体的な情報を更に細分化し,その一部を非公開とし,その余の部分にはもはや不開示情報に該当する情報は記録されていないものとみなして,これを公開することまでも行政機関の長に義務づけているものと解することはでき」ないと判示した。
上記判決が,被告の主張する上記解釈と同様の解釈を採用したことは明らかである。
第3 目的外使用・不正使用に関する原告の主張について
(1) 原告は,
@ 情報公開法の定める不開示事由に当たるか否かは,行政機関の長が主張・立証責任を負うものであり,同法5条3号は,「行政機関の第一次的な判断権」を尊重することを明らかにしたにすぎず,行政庁に広範な裁量権を付与するものではなく,同号についても原則どおり被告が主張立証責任を負い,被告が同号の要件に該当すると判断したことの合理性について主張・立証することとなる(原告準備書面(6)16ないし18ぺ一ジ)との前提に立って,
A報償費の使途は目的外使用や不正使用にわたるものであり,同法5条3号や6号該当性のない支出であって(同準備書面32ぺ一ジ),1069件の多くは,被告主張のようには使われていないことが推認できるのであって,この原告の反論を,再抗弁とみるとしても,この再抗弁は立証されており,被告が主張する『相当の理由』は消滅している(同準備書面34ぺ一ジ)(同準備書面22ないし35ぺ一ジ),
と主張する。
(2) 原告の主張する目的外使用・不正使用がいか牟るものを意味するのかは必ずしも判然としないが,当該行政文書に係る報償費支出が,真実は報償費の目的に添わないものであるとか,虚偽の事務に係るものであるとか,支払先への実際の支払額以上の支出をしたものである等,当該行政文書に記録された事務の具体的な執行に違法又は不当な点があった場合,ないしは当該行政文書に記録された情報が虚偽である場合をいうようである。また,不開示情報該当性の判断における目的外使用・不正使用の位置づけについても必ずしも判然としないが,当該行政文書に係る支出が目的外使用・不正使用かどうかが,情報公開法5条3号及び6号いずれの不開示情報該当性の判断についても影響を及ぼすという前提に立って,目的外使用・不正使用の事実は同法5条3号の不開示情報該当性の判断においては再抗弁になると位置づけているようである。
しかしながら,原告の上記主張は,第1に,当該行政文書に係る支出が目的外使用・不正使用かどうかが不開示情報該当性の判断に影響を及ぼすという点で,情報公開法の解釈を誤るものであり,第2に,同法5条3号に定ゆる不開示情報該当性に関する主張・立証責任についても誤っているものである。したがって,原告らの上記主張は,その前提である@において既に失当である。
以下,順に詳述する。
2 目的外使用・不正使用と不開示情報該当性の判断
(1)ア 情報公開法5条各号が規定する不開示情報は,行政事務の種類等の事項的要素と開示することによる支障を個別具体的に判断するための定性的要素とを組み合わせたものであり,かつ,これに尽きる(宇賀克也・新・情報公開法の逐条解説46ぺ一ジ以下)ものであって,当該行政文書に記録された事務の具体的な執行に違法又は不当な点があったかどうかということや情報が真実であること自体が上記不開示情報該当性の要素とされていないことは,上記各号の規定の文理及び趣旨に照らし明らかである。
イ また,既に述べたとおり(被告準備書面(1)28ないし35ぺ一ジ),情報公開法5条3号及び6号のいずれについても,不開示情報該当性の有無は,行政文書に記録された情報を対象として,当該情報に係る事務等の性格,性質を踏まえ,経験則に基づいて,一般的,類型的な観点から決せられるべきものである。したがって,当該行政文書に記録された事務の具体的な執行の当否とか記録された情報の真実性というような個別的事情は,当該事務が一般的,類型的に保有する特質を左右するものではないから,上記各号への該当性め有無に影響を及ぼさない。
ウ さらに,一般に,行政文書の文言自体からは,当該行政文書に記載されている「情報」が客観的に虚偽の情報であるとか,記録された事務の具体的な執行に違法又は不当な点があるなどと認定することができない。しかも,行政機関の長は,開示請求を受け,当該行政文書の開示・不開示の決定をするに先立ち,当該行政文書に係る事実の真実性を逐一確認するための画一的な手段を有しておらず,記載内容の真実性や,記録された情報に係る事務の執行の当否を逐一確認,立証することは,事実上不可能である。
してみると,情報公開法が,記録された情報の真実性や当該情報に係る事務の執行の当否の確認までも処分庁に求めているとは到底解し得ない。そうである以上,被告は,処分庁として,開示不開示の判断をするに当たっては,記録されている「情報」の真実性やその情報に係る事務の執行の当否を問うことなく,当該「情報」が不開示事由に該当するかどうかという観点から判断するものであって,かつ,それで足りるというべきである。
エ 仮に,情報公開法5条所定の不開示事由に該当するためには当該情報が真実でなければならないとか,当該情報に係る事務の執行が適正なものでなければならないという解釈を採るとすれば,裁判所が不開示事由該当性を判断する前提として,当該情報が真実であることや当該情報に係る事務の執行が適正なものであることが訴訟上明らかにされなければならないことになる。そうすると,被告行政庁が,客観的事実に照らし,当該各文書に記載された情報の内容が真実であるかどうか,その情報に係る事務の執行が適正なものであるかどうかを,裁判所が認定できる程度に具体的かつ詳細に主張・立証しなければならないことになりかねない。しかし,それでは,客観的事実を明らかにすることで当該情報の内容について実質上開示したのに等しくなりかねず,明らかに失当である。このような帰結は,同法5条が不開示情報を原則として開示することを禁止し,例外的に,同法7条が高度の行政判断として開示することの公益が不開示にすることの利益に優越する場合に,行政機関の長の判断による裁量的開示を認めていることと矛盾を来すというべきである。
(2) 以上述べたとおり,原告の前記主張は,当該行政文書に係る支出が目的外使用・不正使用かどうかが,不開示情報該当性の判断に影響を及ぼすとする点において,失当であることは明らかである。
3 情報公開法5条3号に定める不開示情報該当性の主張・立証責任
ア 原告は,衆議院内閣委員会の議事録を引用しつつ,前記のとおり,法5条3号は行政庁に広範な裁量権を付与するものではないとした上,法5条3号の主張・立証責任も原則どおり被告が負うと主張する(原告準備書面(6)16ないし18ぺ一ジ)。
イ しかしながら,法5条3号は行政機関の長に広範な裁量権を付与したものであり,行政機関の長が同号に該当するとした判断に裁量権の逸脱濫用があった場合に限って違法となるものである。そして,裁量権の逸脱濫用に当たる具体的事実の主張・立証責任は原告において負うべきものである。したがって,原告の上記主張は,失当である。
このことは,既に主張したとおりであるが(被告準備書面(1)22ないし28ぺ一ジ,準備書面(3)6ないし13ぺ一ジ),以下,従前の主張をふえんして主張することとする。
(2) 行政機関の長の裁量権
ア 情報公開法5条3号は,「行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」という規定の仕方を採っている。このような規定ぶりからみて,情報公開法5条3号に定める国の安全が害されるおそれ等の情報の該当性の判断については,行政機関の長に広範な裁量権が付与されていると,解すべきである。
このような規定の仕方が採られたのは,このような情報については,その性質上,開示・不開示の判断に高度の政策的判断を伴うこと,対外関係上の又は犯罪等に関する将来予測としての専門的・技術的判断を要することなどの特殊性があり,諸外国においても他の情報とは異なる特別の考慮が払われている場合が少なくないことなどから,司法審査においては,裁判所は,法5条3号に該当するこれらの情報が記録記載されているかどうかについての行政機関の長の第一次的な判断を尊重し,その判断が合理性を持つものとして許容される限度内のものであるかどうかを審査判断することとするのが適当であるからである(詳解情報公開法476ぺ一ジ参照)。
同法も,このような考え方を前提として,単に「おそれのある情報」とする規定の仕方を採らなかったものであり,同要綱案にいう「認めるに足りる相当な理由がある情報」という規定によった場合には,行政機関の長の裁量を尊重する趣旨であ予のか,それを制限する趣旨であるのかの疑義を生ずる懸念があるので,これを避け,行政機関の長の裁量を等量する趣旨をあえて明らかにするため,「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」と規定したものである。
イ なお,行政情報公開部会の専門委員等であり,かつ,情報公開法案の国会審議に際しても情報公開法案が採用した立法政策について説明した宇賀克也教授は,その著書において,情報公開法5条3号及び4号の「認めることにつき相当の理由がある情報」との規定ぶりは,法務大臣に広く裁量を認めた出入国管理準び難民認定法21条3項の規定を一つの参考としつつ,行政機関の長の裁量を尊重する趣旨を示したものであるとし,出入国管理及び難民認定法21条3項に関する最高裁判決として,「右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理」するとして法務大臣の裁量判断を広く認めた最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決(民集32巻7号1223ぺ一ジ・最高裁判所判例解説民事篇昭和53年度版434ぺ一ジ)を紹介した上で,情報公開法5条3号及び4号の国の安全等に関する情報と公共の安全等に関する情報については,開示・不開示の判断に高度の政策的判断が伴い,専門的,技術的判断を要することから,「覆審的司法審査を行わず,行政機関の長の判断の合理性の司法審査にとどめることにした」,「支障を及ぼすおそれがあることにつき」,「行政機関の長の裁量を尊重する趣旨を示している」と明言している(宇賀克也・新・情報公開法の逐条解説65ないし67ぺ一ジ)。そうすると,法5条3号が,行政機関の長の裁量権行使の判断を尊重する趣旨の規定であることは明らかである(なお,詳解情報公開法62,63ぺ一ジの記載からしても,本号の規定ぶりが,行政機関の長の裁量判断を尊重するとの趣旨に基づくものであることは明らかである。)。
ウ 以上述べたとおり,法5条3号の文理及び立法経過からすれば,法5条3号は,その要件該当性の判断について行政機関の長の広範な裁量を認めた規定であることは明らかである。
(3) 法5条3号の不開示情報該当性に関する事実の主張・立証責任
ア 裁量処分性からみた主張・立証責任の所在
既に述べたとおり(被告準備書面(1)26ないし28ぺ一ジ,準備書面(3)15ないし17ぺ一ジ),情報公開法3条及び5条本文の規定ぶりからみて,不開示決定取消訴訟においては原則として,被告が,当該不開示決定の適法性を根拠づける事実,具体的には,@当該行政文書に「情報」が記録されていること(ある事柄についての情報が記録されていること),A当該「情報」が同法5条各号に該当することを主張・立証することとなる。
同法5条3号及び4号においては,行政機関の長に広範な裁量権が付与されているから,その適否に関する裁判所の審査については,行政事件訴訟法30条が適用される。したがって,裁判所は,処分の存在を前提として,当該処分に社会通念上著しく妥当性を欠くなど裁量権を逸脱,濫用したと認められる点があるかどうかを審査すべきであり,裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったことを基礎づける具体的事実については原告が主張・立証責任を負担するというべきである。
これを主張・立証の構造に即して述べれば,被告が,抗弁として,@当該行政文書に「情報」が記録されていること,及びA被告が当該「偉報」が同法5条3号に該当するという点に関する判断について裁量権を行使しその充足を認めたことを主張・立証した場合,原告において,再抗弁として,被告の判断が裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったことを基礎づける事実を主張・立証しなければならないのである(滝川叡一「行政訴訟における立護責任」岩松裁判官還暦記念訴訟と裁判510ぺ一ジ,同「行政訴訟の請求原因,立証責任及び判決の効力」民事訴訟法講座第5巻1446ぺ一ジ)。
イ 審理,司法審査の特質からみた主張・立証責任の分配の在り方
(ア) また,被告準備書面(1)で主張したとおり,情報公開法に基づく不開示処分取消訴訟においては,法制度上及び事柄の性質上,その審理において,通常の取消訴訟とは異なる特質があるので,それに十分に配慮した審理,司法審査が必要となる(被告準備書面(1)28ぺ一ジ以下)。
すなわち,同法7条が公益上の裁量的な開示を特に許容したことに照らし,同法5条自体は不開示情報の開示を禁止していると解される上,インカメラ審理の制度は採用されていないこと,また,同法は,開示請求権の主体を「何人も」とし(同法3条),かつ,目的のいかんを問わないものである上,いったん開示された情報はどのような経路でいかなる者の手に渡るとも限らないことからすれば,法は,情報公開訴訟の審理においては,被告の主張に係る不開示情報を公にすることによりどのような支障が生ずるかについて,当該不開示決定に係る行政文書の具体的な記載文言等を明らかにしないまま,当該行政文書ないし当該情報の類型的な特質に着目し,当該不開示文書にはいかなる種類,性質の情報が記載されているかを基に,その種類,性質の情報が開示された場合には,不特定の多様な人々との問で,一般的には,どのような支障が生ずるおそれがあるかを判断すべきことになる。
最高裁判所も,地方自治体の情報公開条例に関する事案ではあるが,前掲大阪府知事交際費訴訟差戻前上告審判決,大阪府知事交際費訴訟差戻後上告審判決,栃木県知事交際費訴訟判決等において同様の判断をしているものである。
したがって,情報公開訴訟においては,不開示情報が公にされた場合に生ずる支障の蓋然性は,それ自体が証拠に基づいて直接具体的に証明される必要はなく,被告が不開示情報に該当するとする情報の類型的な性質を明らかにすることなどにより,そのような情報が公にされた場合,経験則上,いかなる支障が生ずるおそれがあるかを判断することが可能な程度の主張・立証をすれば未開示情報該当性は肯定されるものというべきである。
そして,上記のような経験則による判断は,裁判所がその権限に基づき行うべきものであるが,前述したように,情報公開法5条3号及び4号は,個別の事案に対しどのような経験則を用いるかについて高度の政策的判断及び専門的技術的判断を必要とすることから,行政機関の長に第一次判断権を認めているのであるから,同法5条3号又は4号に基づく不開示決定の取消訴訟においては, 裁判所は,独自の立場から不開示処分が理由のあるものか否かを審査し直すのではなく,上記のような経験則に基づく類型的,一般的な見地から支障が生ずるおそれがあるとした被告の判断を前提とし,その判断力、著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったといえる場合に限り,当該不開示決定を違法と判断して取り消すべきこととなる。
(イ) 以上にみた情報公開訴訟の審理,司法審査の在り方は,単なる理論にとどまらず,同法5条3号及び4号に基づく不開示決定の取消訴訟の立証責任の分配においてもその指導原理とされるべきものである。
すなわち,法律上,被告の判断が著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったことを基礎づける事実の主張・立証責任は,前記のとおり原告が負うと解されるのであるから,上記不開示決定の取消訴訟においては,被告の判断が著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったといえるだけの根拠事実を原告が提示して主張・立証をすべきであり,これの主張・立証ができない場合は,請求は棄却されるべきである。
裁判例も,以下のとおり,情報公開法5条4号にいう「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」との規定について,行政機関の長の広範な裁量を認めた規定であり,同号の該当性を争う原告が,裁量権の逸脱又は濫用があったことを基礎づける具体的事実を主張立証する責任を負うとの解釈を採っている。これらの裁判例の趣旨は,同号と同様の規定ぶりである同条3号の解釈にも当然に妥当するものである。
ア 東京地方裁判所平成15年9月16日判決(乙第16号証)は,同法5条4号について,以下のとおり判示し,前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決におけるのと同様の司法審査の手法及び立証責任の分配を採用することを明らかにした。
「この規定は,公共の安全と秩序を維持することは,国民全体の基本的利益を擁護するために政府に課された重要な責務であり,これらの利益は十分に保護する必要があることから設けられた規定と解される。そして,同号のこのような立法趣旨及び『…支障を及ぼすおそれがある情報』という規定の仕方ではなく,『…と行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報』という規定の仕方をしていることからすると,このような情報の開示・不開示の判断には,その性質上,犯罪等に関する将来予測等についての専門的・技術的な情報と経験に基づく判断を要し,公共の安全と秩序の維持という国民全体の基本的利益を守るための高度の政策的判断を伴うことなどの特殊性があることから,同号は,行政庁に比較的広範な裁量権を付与したものと解される。そうすると,同号該当性の司法審査の場面においては,裁判所は,同号に該当する情報が記録されているかどうかについての行政機関の長の第一次的な判断が合理性を持つものとして許容される限度のものであるかどうか,すなわち,当該処分に社会通念上著しく妥当性を欠くなどの裁量権の逸脱ないし濫用があると認められる点があるかを判断するという審査方法によるべきであると解される。そして,処分の取消訴訟においては,同号の該当性を否定する原告が上記のような裁量権の逸脱又は濫用があったことを基礎付ける具体的事実を主張立証する責任を負うというべきである」(同考証24,25ぺ一ジ。下線部引用者)
イ 大阪地方裁判所平成16年1月16日判決(乙第15号証)も,上記の解釈を採るものと解される。
すなわち,同判決は,法5条4号該当性の審理判断の対象につき,まず,「審理判断すべきは,公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」ことではなく,「公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」と行政機関の長が認めた判断が,合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるか否かである」(同号証25,26ぺ一ジ)とした上,当該事案への当てはめの判断においても,「犯罪の捜査及び公訴の維持に対して支障が生ずるおそれがないということはできない」,「仮に同事件の捜査への影響が生じるおそれがないとしても,直ちに公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがないものということはできない」とした後,「本件領置票に記録された情報については,いずれも,これを公開することにより,将来の犯罪の捜査や公訴の維持等に支障を及ぼすおそれがあるのみならず,いわゆる『狭山事件』の判決に対する再審の審理にも支障を及ぼすおそれがあることがないとはいえないから,被告が,これらの情報が,公にすることにより犯罪の捜査や公訴の維持その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めたことは,合理性を持つ判断として許容される範囲内のものというべきである」(同号証30ぺ一ジ,31ぺ一ジ)と判示した。
同判決は,主張・立証責任の所在について明言こそしていないものの,「及ぼすおそれがない」といえない以上は,「合理性を持つ判断として許容される範囲内」であると判示していることからすれば,被告の側がその判断の合理性について主張・立証責任を負うものではなく,原告の側で行政機関の長の判断が合理性を持つ許容される範囲を逸脱していることについて主張・立証責任を負うものであると解していることは前らかである。
以上述べたとおり,目的外使用・不正使用は,そもそも不開示事由該当性の判断に影響するものではない。また,情報公開法5条3号該当性については,原告において,被告が付与された裁量権を逸脱,濫用したことを基礎づける具体的事実を主張・立証しなければならない。したがって,原告の上記主張は失当である。
第4 不祥事等に関する原告の主張について
(1) 原告は,いわゆる「上納」,外務省における不祥事,便宜供与の実態などを挙げて報償費の目的外使用や不正使用を主張する(準備書面(6)22ないし35ぺ一ジ)。
(2) しかし,前記のとおり,目的外使用や不正使用は不開示事由該当性の判断に影響しないものであるから,原告の上記主張は,主張自体失当である。
この点をしばらくおき,目的外使用や不正使用が不開示情報該当性の判断に影響するとする原告の立場に立つとしても,報償費が目的外使用ないし不正使用されているとの原告の主張は,本件各行政文書に被告が判断の前提としたような情報の記載がないことを述べ,被告の判断には重大な事実誤認があり,事実の基礎を欠くものである旨を指摘するものと解され,被告の裁量権の逸脱・濫用を基礎づける事実をいう再抗弁に位置づけられるべきものであって,それに係る事実の主張・立証責任は原告が負うことになろう。
しかるところ,原告の上記主張は,そもそも,指摘する事例と本件との関連性が具体的に示されていない上,挙げてある事例等も,主に報道等の情報源を根拠とするもので,具体的な根拠を欠き原告の一方的な推測の域を出ていないもの,事実の誤認,誤解に基づくもの,もしくは時期的に見ても本件訴訟に全く関係のないものであって,再抗弁として主張自体失当というべきである。
上記のような原告の主張に対しては,被告は既に十分な反論を行っているが(被告準備書面(6)35ないし42ぺ一ジ,準備書面(7)9ないし11ぺ一ジ),再度ふえんして主張する。
2 いわゆる「上納」について
(1)ア 原告は,いわゆる「古川文書」を報道に基づき引用して,「外務省報償費の中に,内閣への『上納機密費』が含まれていることは,今や国民の常識となっている」(原告準備書面(6)23ぺ一ジ)と主張する。
イ しかし,既に述べたとおり(被告準備書面(6)39ぺ一ジ),いわゆる「上納」問題については,歴代の外務大臣等が一致して,国会において,外務省の報償費が上納されているとの事実はない旨責任をもって答弁してきたところである。
また,原告が引用する「古川文書」自体は,被告ないし外務省とは何のかかわりもないものであって,被告は,「古川文書」の出所,真正性,具体的な記載内容,その内容の真実性,信ぴょう性等について判断する立場にないが,「古川文書」の記載内容等が原告の引用するとおりであるとしても,そこに記載されているのは昭和58年度から平成元年度までのことであり,これに対し,本件開示請求の対象文書は,平成11年度中の平成12年2月及び3月に支出された報償費に係るものであるから,その時期からみて「古川文書」は本件訴訟と全く関連性がなく意味のないものである。
(2) また,原告は,毎日新聞平成13年3月5日付けの報道を引いて報償費が「上納」されていたかのように主張する(原告準備書面(6)24ぺ一ジ)が,当該記事の記載内容の信ぴょう性が明らかでないばかりか,具体的な支出の日時等も不明で本件訴訟との関連性も明らかでない。
原告は,「平成11年度分の時期にも,前述のような上納機密費が存在したことは明白であ」(原告準備書面(6)24,25ぺ一ジ)ると主張するが,これは原告の憶測に基づく一方的な思い込みにすぎない。
3 「在外公館での不祥事」について
ア 原告は,「職員による機密費の着服・流用」,「外務省本省の組織的『うら金作り』」,「在外公館での不祥事」,「便宜供与のための費用」などとしていくつかの事例を挙げて,報償費の目的外使用や不正使用があり,もって,本件不開示決定が不適法であって,本件行政文書を開示すべきである旨主張する(原告準備書面(6)27ないし35ぺ一ジ)。
イ 目的外使用・不正使用の有無は法が定める不開示情報該当性の判断に何ら関係がなく,原告の上記主張は前提において失当であることは,前記のとおりである。
また,原告の上記主張は,本件開示請求の対象文書の作成時期と異なる時期の事例やそもそも報償費とは関連のない特定の事例を挙げ,これらをもって,本件訴訟において対象となっている時期に報償費の不適正使用が行われているかのごとく主張するものであって,失当である。
以下,詳論する。
(2) 「職員による機密費の着服・流用」について
ア 原告は,公金を詐取したとの詐欺罪で逮捕,起訴され,判決を受けた,小林課長補佐(当時)及び浅川課長補佐(当時)の事案を引用している(原告準備書面(6)27,28ぺ一ジ)。
イ しかし,上記事案のいずれの判決においても,外務省報償費が詐取されたとの事実関係は認定されていない。また,浅川事件は,平成7年のアジア太平洋経済協力(APEC)東京高級事務レベル会合及び同大阪閣僚会議に関するものであり,開示請求の対象文書とは時期が大きく異なる。この点からも,本件訴訟とは関連性がない。
(3) 「外務省本省の組織的『うら金づくり』」について
ア 原告は,いわゆる「プール金」問題に関する報告書等を引用して,報償費がプール金の原資であったなどと報償費について不正経理があった旨主張する(原告準備書面(6)28,29ぺ一ジ)。
イ しかし,前述のように不正経理の有無と不開示情報該当性の判断とは,関連性がないのであり,仮に当該行政文書に係る報償費の使用に当たって不正があった事案に係るものであっても,そのことをもってただちに当該行政文書を不開示とすることが情報公開法5条3号及び6号の趣旨に照らして合理性がないとは言えない(被告準備書面(6)40ぺ一ジ)。
(4) 「在外公館での不祥事」について
ア 原告は,在外公館における公費流用等による職員の懲戒処分の事例等を挙げる(原告準備書面(6)30,31ぺ一ジ)。
しかし,原告が挙げる上記事例のすべてが,本件開示請求の対象文書に係る在外公館とは異なる在外公館におけるものであり,本件訴訟と何ら.関係がない。原告の主張は,上記事例が,いかなる理由で原告の主張する報償費の目的外使用・不正支出を裏付けるものであるのか全く説明せず,これら不祥事の中には外務省自ら調査して判明し摘発した事例もあるのに,外務省がこれらの不祥事を「隠しつづけていた」とか,「外務省の隠蔽体質が…」などと一方的に断定するもので(原告準備書面(6)30ぺ一ジ),本件訴訟に関係しない論点について,不当に外務省をおとしめる主張であり,また,一部の例外的な事例を一般化し,誇張する点でも不当であるといわざるを得ない。
前記のとおり,これらの不祥事は本件訴訟とは直接の関連はないが,外務省はこれらの事案に対して適切な対応をとってきたものであるので,以下,簡単に説明する。
イ 在デンバー総領事の不祥事
報道を受けて外務省において調査した結果,水谷在デンバー総領事(当時)による,公邸の借上,臨時職員雇上,公邸設宴用食材の私的使用,公金による私的荷物引越代金支払,講演協力費の不正経理に関する不正経理が明らかとなった。国損額については,既に全額国庫に返納済みであり,また,平成13年7月に水谷総領事を懲戒免職処分とし,併せて本省,同総領事館の関係者を処分した。
なお,水谷総領事については,平成14年8月30日,背任罪で東京地検に告発したが,その後,同人は不起訴処分になったと承知している。
ウ 在パラオ大使館館員の不祥事
外務省内部の調査により,約1.4万ドルの会計上の不符合が確認され,同大使館の会計担当官による私的目的での公金の一時流用や会計実務上の不手際が確認された。国損額については,既に全額国庫に返納済みであり,当時の会計担当官に対する1年間の懲戒停職処分等関係者を処分した。
工 在ケニア大使館館員の不祥事
外務省内部の調査により,一部の同大使館員による住宅手当の不適正受給,住居防犯対策費の不適正受給,光熱水道料の不適正受給が判明した。国損額については,既に全額国庫に返納済みであり,当時の同館公使に対する懲戒減給処分など関係者を処分した。
オ 在豪州大使館における公金流用疑惑
上記の件については,報道を受けて当時の荒木外務副大臣を長とする調査委員会が調査を行ったが,同大使館員による公金の流用や着服を行った事実は確認されなかった。
(1) 原告は,国会議員等が外国訪問した際の便宜供与の経費が報償費から支出されていた旨主張する(原告準備書面(6)31,32ぺ一ジ)。
(2) しかし,既に述べたとおり(被告準備書面(6)40,41ぺ一ジ),報償費が,便宜供与にかかわる業務に係る費用に充てるために支出されていたか否かによって,本件訴訟における対象文書に記録されている情報が法5条にいう不開示情報に該当するか否かが決せられるという関係は成り立ち得ないのであって,原告の主張は便宜供与の意義等に関する誤った前提に立つものであり,失当である。
なお,原告は,平成14年度予算において減額された前年比約40パーセント分の報償費が便宜供与に用いられていたなどと主張するが,これには何の根拠もないばかりか,被告がこれまで訴訟の場において主張し,あるいは国会等の場において説明してきている内容を全く理解していないものといわざるを得ない(被告準備書面(6)38,39ぺ一ジ,準備書面(7)10,11ぺ一ジ)。
第5 結論
以上によれば,原告の準備書面(6),(7)における主張は,いずれも失当である。