平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消求事件
原 告 特定非営利活動法人情報公開市民センター
被 告 外務大臣
 
準 備 書 面 (6)
 
平成15年1月30日
東京地方裁裁判所民事2部A2係 御中
 
被告指定代理人
野 下 智 之
箕 浦 裕 幸
吉 田 尚 弘
蔵 重 有 紀
高 林 正 浩
伊 原 純 一
相 沢 英 明
有 吉 孝 史
鈴木 亮太郎
関 口 誠 二
 
 
 
 
−目 次−
 
第1 報償費使用の仮想的な具体例の説明
 
第2 外交と報償費
 
第3 仮想的な事例と情報公開制度
 
第4 不開示決定取消訴訟における対象文書の記載事項の特定について
 
第5 原告準備書面(4)に対する反論等
 
第6 結論
 
 
 
 
被告は,本準備書面において,報償費を使用する事務についての仮想的な事例を呈示し,法5条3号及び6号該当性を改めて主張するとともに,それと被告準備書面(5)における本件各行政文書の記載事項の外形的事実との関係を説明し,併せて,原告準備書面(4)に対し必要に応じ反論する。
なお,略語については,従前の例による。
 
第1 報償費使用の仮想的な具体例の説明
1 本件不開示決定取消訴訟は,被告の主張に係る不開示情報を公にすることによりどのような支障が生ずるかについて,当該不開示決定に係る行政文書の具体的記載文言等を明らかにすることなく,そこにいかなる種類,性質の情報が記録されているかという一般的抽象的観点から主張立証を行い,かつ,裁判所もこの観点から判断すべきであるといった特質を有するものである(被告準備書面(1)29ぺ一ジ)。
(1) したがって,本件の審理の一環として,仮想的な事例を呈示して主張立証を行うとしても,その場合,行政機関の長としてこのような仮想的な事例を呈示することにより法5条3号及び6号が定める「おそれ」を生じることがないよう配慮する必要がある。
すなわち,説明のための仮想的な事例として報償費使用の日時,部署,前提となる国際情勢等につき,仮想的なものを設定して呈示したとしても,当該仮想事例における報償費の使用の目的や形態等は,ある程度において現実の報償費の使用の目的や形態等を反映したものでなければ,現実から乖離するものとなって意味を有しない。しかしながら,他方,仮想的な事例における設定に,現実の報償費の使用を反映させたがために,情報収集活動そのほか外交工作活動を阻害するおそれが生じる場合には,このような事例を呈示することができない。
例えば,被告準備書面(4)26ぺ一ジにおいて引用したソ連のパイロットの会話を傍受していたという事例に例えるならば,たとえ「ソ連」と記載することを避けて仮定の国名等を用いた事例を設定したとしても,このような傍受を行ったいたことそのものを明らかにすることにより,そのような事務を行っていることが明らかとなるから,ソ連当局を含む関係各国,関係機関等にこれに対抗する措置を講じられる結果となり,情報収集等の事務が阻害されるおそれが生じる。
この例は既に公知のこととなったエピソードであるから,具体性のある記述が公刊物でされても差し支えなくなっているのであるが,そのような特別な事情がない限りは,架空の国名等を用いて説明することもできないのである。
(2) これに対し,報償費が情報収集等の事務等における情報や協力の対価,あるいは接触に適当な機会,場所等を提供するための経費として使用されていることについては,外交に携わる者の間においておおむね認識され,また,被告準備書面(1)(42ぺ一ジないし43ぺ一ジ)においても明らかにしているところであるので,このような認識から当然想定される使途の範囲内であり,かつ,具体的な外交課題から離れた仮想的な設定であるという前提であれば,「決裁書」の記載例として具体化し得る限度はあるにせよ,報償費の使用に関する仮想的な事例を呈示して説明することは可能であると考えられる。もちろん,これは一般的にかかる報償費の使用があり得るということであって,具体的な使途について何ら述べるものではない。このことを前提として,以下において,情報収集等の事務,外交交渉等の事務,国際会議への参加等の事務のそれぞれについて仮想的な事例を呈示する。
2 事例1 (使用目的:情報収集等の事務)
(1) 事例及び事務の概要
A国は,大量破壊兵器の開発及び輸出を行っているとみられており,我が国は,この問題が地域の安全保障へ与える影響が大きいこと,大量破壊兵器の不拡散という国際的要請に対する脅威となること,ひいては我が国の安全保障や経済に与える影響が大きいという判断に基づき,この問題の解決に高い関心を有している。国際社会はこれまでA国へ大量破壊兵器開発を止めるよう働きかけを行ってきたが,A国は,国際社会の批判を避けるため,A国と同一の民族から構成されるB国がC国との間に有する紛争に関連して,「C国のB国に対する侵略は潜在的にA国の安全保障を害するものであり,これが適正に解決されない限りはA国の大量破壊兵器の開発は正当化される」との立場を表明してきている。
国連安保理理事国を含む国際社会は,このようなA国の立場に対しては,本来的に別個の問題を関連づけて,自国への批判」をかわそうとする試みであり,問題を複雑化させるものに過ぎないと評価し,「A国の大量破壊兵器開発問題とB国とC国の紛争は別問題である」との基本的認識に立って,これに対する特段の対応をあえて行わずA国の表明を無視して「冷ややかに対応する」ことで足並みを一致してきた。我が国も,このような国際社会の動きと協調する立場をとり,同様の対応を採っている。他方,外務省本省では,今回のA国の発言については,最近のA国とB国の指導部の接近から,潜在的にはB国とC国の紛争を複雑化させうる可能性も無視し得ず,本件に関する関係国の考え方を情報収集する必要があると判断し,公式にはA国の立場に冷ややかに対応しつつも,関係国在外公館に水面下で情報収集活動を行うよう訓令を発出した。
B国の大使館のP書記官は,かかる訓令を受けて,個人的に信頼関係を築きあげ,これまでも貴重な情報を提供してもらっているQ氏(Q氏の立場としては論理的,現実釣に種々のものが考えられるところであり,かつ,その立場を例示すること自体が我が国の行うかかる活動に関する示唆を与えかねないことを踏まえ,B国政府に近い筋若しくは民間人としてのみ例示する。)から内々情報を得ることととし,情報提供に対する対価を報償費から支出することとした。このような活動は,公式の立場とは異なる形で,水面下でA国とB国の関係等に係る情報収集を行う必要に基づき行うものであり,これが本来公表されることとなれば公式の立場と矛盾することとなり,また,公表することが前提となればこのような活動は行い得ないのである。
(2) 「決裁書」の記載例
報償費の支出に当たっては「決裁書」を作成することとなっているが,報償費が,あらかじめ特定の使途に限定されたものではなく,その時期の状況に即して機動的に支払の目的,使途等に照らして必要な支払を決定するという性格の予算科目であることにかんがみ,「決裁書」には,どのような情報収集,外交工作の必要から,どの国・国家機関等に対し,どのような目的で報償費を使用するかということをできるだけ具体的に記載することとなっている(被告準備書面(1)44べ一ジ)。
本件の場合,文書起案者である政務班Pは「決裁書」に,起案者として自らの氏名及び起案日を記入し,報償費の使用について意思決定ができるよう,報償費使用の目的や内容に係る記述として,今回のA国による発言や外務本省からの訓令等の経緯やB国政府に近い筋から情報収集を行う意図,情報提供の対価として報償費を支払うこと及びその金額の根拠を記載し,支払予定先としてQ氏の氏名や地位,支払予定金額として具体的なB国通貨額を記載する。そして,これらが在B国大使館政務班長の決裁を経て,取扱責任者である大使によって決裁され,決裁完了後,決裁日が記載される。また,P書記官は,上記「決裁書」による決裁の内容に従って当該情報収集の事務を遂行して報償費の支払を行い,可能な限り領収書を徴収し,報償費の支払が実際に行われたことを簡潔に示すため,当該領収書を報償費の使用日,報償費の使用目的・内容がA国問題に関する情報収集のためQ氏に対価を支払うことや,取扱者であるP書記官の氏名等を簡潔に記載した書面に貼付することとなる。
3 事例2 (使用目的:外交交渉等の事務)
(1) 事例及び事務の概要
我が国とD国との間では,両国間の貿易に係る関税問題やD国の人権状況が外交課題となっている。こういった折,衆議院外務委員長S氏が,地域歴訪の一環としてD国を訪問することとなった。在D国日本大使館政務班のT書記官は,高いレベルで二国間の問題の解決を働きかけるため,S委員長のD国滞在中にD国大統領及び外務大臣との会談を設けるべくD国政府に申し入れ,既に会談の時間を確保した。しかし,T書記官は,来年予定どおりD国で選挙が行われた場合には,反対勢力のR氏が大統領に選出される可能性も高いことにかんがみ,以下の観点からS外務委員長のD国滞在中にR氏との会合を設けることとした。
・ 将来にわたって良好な二国間関係を設けるため,S外務委員長とR氏との親密な人問関係を現時点から構築しておく。
・ 関税問題に係るD国現政権の政策の問題点を説明し,我が国の立場に理解を求め,将来の関税問題の解決につなげる。
・ R氏のD国人権問題の改善の取り組みに対して我が国の支援姿勢を伝え,D国の人権問題の改善を促す。
そして,T書記官は,R氏との会合に要する経費として,会合の会場となるレストランに係る経費等の支出を行うこととした。
本件支出は,D国内の反対勢力との関係構築を目的として行われるものであり,これを明らかにすれば,D国現政権が激しく反発して,両国の二国間問題を複雑化させるおそれがあることから,公表されることを前提とするならば,実施すること自体が困難となる。
(2) 「決裁書」の記載例
本件の場合,文書起案者である政務班Tは「決裁書」に,起案者として自らの氏名及び起案日を記入し,報償費の使用について意思決定ができるよう,報償費使用の目的や内容に係る記述として,S委員長とR氏の会合を設ける目的や,会合の機会を設けるためのレストラン等に係る経費として報償費を支払うこと,支払額の根拠を記載し,支払予定先としてレストラン等の名称,支払予定金額として具体的なD国通貨額を記載し,これらが在D国大使館政務班長の決裁を経て、取扱責任者である大使によって決裁され,決裁完了後,決裁日が記載される。また,T書記官は,上記「決裁書」による決裁の内容に従って当該外交交渉等の事務を遂行して報償費の支払を行い,レストラン等から領収書を徴収し,報償費の支払が実際に行われたことを簡潔に示すため,当該領収書を報償費の使用日,報償費の使用目的・内容としてS委員長とR氏の会合に係る経費としてレストラン等の経費の支払であることや,取扱者であるT書記官の氏名等を簡潔に記載した書面に貼付する。
4 事例3 (使用目的:国際会議への参加等の事務)
(1) 事例及び事務の概要
国連等の国際機関の会合での議論や投票を通じ,経済,社会等の分野で様々な国際的な規範が形成されることがあるが,このような審議の過程で我が国の国益を損なわないようにするために,他国に対する働きかけが必要となる場合がある。特に,領土問題や農産物輸入を始めとする経済問題,国際機関における選挙等に関連する場合には,特定の国と利害が真っ向から対立する場合があり,このような働きかけの成否のいかんは大きく国益を左右する。
国際機関Xでは,総会の議決に基づき国際的ルールについて見直しを行ってきたところ,平成14年11月ごろ,A国からルールMについては,「特定の国に有利な基準であり,Nに改める必要がある」旨の動議がされた。我が国は,極めて重要な国益を確保する観点からルールNについては,絶対に受け入れることは出来ないため,X国際機関日本政府代表部(以下「X代表部」という」)P公使及び政務班長Qを累次の会合に出席せしめ,このような基準見直しには根拠がないこと等の演説を行ってA国と論戦を戦わせてきた。しかし,平成14年12月12日の総会における審議の結果,最終的には,平成15年6月に開催予定の総会における投票により解決することが決まった。我が国は,基準Mを維持するため,総会における過半数の投票を確保すべく,X国際機関の加盟国に様々な働きかけを行ってきたが依然見通しは不透明である。本件を担当する外務省Y局及びX代表部は,これまでの分析の結果,B国,C国,D国,E国,F国が本件に対する対応を決めかねているいわゆる浮動票と分析しており,かつ,「A国による基準改正動議に反対投票をする代わりに,我が国が国際機関Xやその他二国間関係で何かの協力を行う」との形で政策協調をまとめることが可能であるとの感触を得ており,水面下で静かに根回しを行うこととした。Y局長は,X代表部がB国,C国・D国,E国,F国で行っている働きかけを本省においても支援するため,B国,C国,D国,E国,F国の在京大使との問で会合を設け,かかる投票についての政策協調を外務省としても極めて重視していることを本国外務省やそれぞれの国のX代表部に伝達するよう依頼することとし,当該会合を平成15年1月からレストランで開くこととし,その経費を報償費から支出した。
本件支出は,X国際機関における外交目標を実現するための働きかけとして水面下で行われるものであり,公表が前提となれば,A国により様々な対抗措置を講じられるなど,その目的の達成が困難となる。
(1) 「決裁書」の記載例
本件の場合,文書起案者であるY局Z課担当官Qは「決裁書」に,起案者として自らの氏名及び起案日を記入し,報償費の使用について意思決定ができるよう,報償費使用の目的や内容にかかる記述として,国際機関XにおけるルールM問題についてB国等の在京大使に働きかけを行うとの会合目的や,会合の機会を設けるためのレストラン等に係る経費として報償費を支払うこと,B国在京大使bなどの出席者等,支払額の根拠を記載し,支払予定先としてレストラン名,支払予定金額として具体的な通貨額を記載し,これらが取扱責任者であるY局長によって決裁され,会計課等における決裁完了後,決裁日が記載される。また,Y局長は,上記「決裁書」における決裁の内容に従って当該外交交渉等の事務を遂行する。その後,「決裁書」の内容に支出を依頼する旨を付記して,事務の目的・内容(件名)、科目,金額,支払先,支払方法等を記載して,請求書を添付して会計課長に提出する。会計課長は,依頼に係る支出負担行為及び支出を実施し,レストラン等に支払が行われる。
 
第2 外交と報償費
1 外交事務の特質及び意義(再論)
我が国は,第二次世界大戦後,厳しい東西冷戦が繰り広げられる中で,極東地域の安定のため大韓民国や中華人民共和国との国交を正常化させたり,民主主義・自由主義経済の促進,自由貿易体制の普遍化のため,様々な形で外交的に取組んで,今日の平和,繁栄と安定を維持するに至っている。このような平和,安定,繁栄は,国民が享受すべき当然の権利であり,放置しておいても享受し得るといった認識は,現実から遊離した空想にすぎない。外交上の表舞台における取組みのみならず,水面下において他に知られることなく情報収集その他外交工作を行うことによって,かかる果実を享受し得るのである。そして,このことは,現在及び将来にわたって変わらない。冷戦が終結した90年代以降においても,大量破壊兵器開発,国際的なテロ,環境問題といった新たな脅威が生じている。世の中に知られている現在の国際的な動向を例として取り上げれば,北朝鮮の核開発問題,拉致問題や脱化者対策の問題,イラクにおける大量破壊兵器開発疑惑等について,水面下における情報収集その他外交工作等の活動を適時適切に行うことができなくなれば,平和と安全に直接に影響を及ぼす事態が生じたり,あるいは邦人の十全な保護を図ることができなくなる。このような問題の解決のため外務省において秘密裡に活動を行う必要があり,かかる活動に用いる経費として必要と判断されれば報償費が使用されるのである。このことは,グロ一バル化,IT化が進展している経済分野においても同様であり,我が国における各種の経済主体の経済活動の促進,我が国経済の振興に関わるものとして各種の経済的枠組み,規制等を定める国際フォーラムにおける活動が重要であり,それらにおいて成果をあげるため各国において情報収集その他外交工作が繰り広げられているし,我が国のみがその例外となってよいものではない。
このような現実を踏まえて,「平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的かつ積極的な取り組みを通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに調和ある対外関係を維持し,発展させつつ,国際社会における日本国及び日本国民の利益の推進を図ることを任務」(外務省設置法3条)とする外務省は,単に外交上の懸案を表舞台において公式な形で処理するというにとどまらず,我が国の国益等を保持しつつ適切な懸案の処理を図るため,水面下において様々な情報収集その他外工作活動を繰り広げているのである。外務省がこのような水面下での活動を主体的かつ積極的に行う制度を維持することは,国家間の対等性,非権力性,国際社会の相互連関性が生み出す不透明かつ不安定な国際情勢の中において,将来にわたる我が国の国益を確保し,我が国国民の福祉を実現するために不可欠なのである。
そして,報償費は,このような水面下における情報収集その他外交工作を十全に行うため,その時々の国際情勢に応じ,高度の政治的政策的判・断に基づく外交上の方針・目的を果たすため,戦略的に遂行される活動に用いるための経費として重要な役割を果たしている。このことは,以上の3つの仮想的な事例からも明らかである。そして,このような報償費を使用する必要がある事務の遂行は,機械的な判断により一定の局面に限定されることはない。現時点の国際情勢を基に例をとれば,例えば,緊迫する朝鮮半島情勢(日韓関係,北朝鮮関係),関係の緊密化と複雑化をいわれる日中関係,北方領土問題を含む日露関係,複雑で世界の注目を集める中東情勢,グローバリゼーションの下で重要性を増すとともに困難さを極める通商・貿易問題,各種団体を含めて地球のために幅広く議論される環境問題,多数の無辜の人命に関わる国際的なテロ対策,我が国国民の生命・安全のために重要な邦人保護等,枚挙にいとまがない。我が国の外交全般を所管する外務省の任務に照らして,外交上のあらゆる部面において報償費の使用が必要とされ得るのである。そして,国際社会は,国家間の関係の対等性・非権力性や国際社会の相互連関性といった特質を有することから,目前の国際情勢や,個別案件のみを見た皮相の判断は禁物であって,継続的な情報収集その他の外交工作が必要となるし,報償費に関する判断においても,個別の案件及び事務,現時点の国際情勢のみに囚われることなく,他の案件及び事務,将来の情勢を見越した上での巨視的,複眼的かつ先見的で慎重な判断が求められるのである(被告準備書面(1)36ぺ一ジないし39ぺ一ジ)
2 報償費からの支出に当たっての考慮
(1) 簡易証明
これまでに述べたとおり,毎会計年度が終了した後,内閣は,歳入歳出決算等を会計検査院に送付し(財政法39条),同院による検査を経る。このことは報償費であっても変わりはない。
しかしながら,外務省の報償費に関しては,その性格に照らして,計算証明規則11条に基づいていわゆる簡易証明によることが認められている(乙1号証の2)。
これは報償費の使用に係る事務について秘密保持の必要性が高いからであるが,逆にいえば秘密保持の必要性が高いものについては,そのための支払が「報償費」の定義に合致し,「報償費」から支出することが許される場合であれば,報償費から支出することによって,秘密保持をより万全になし得ることとなる。その意味において,当該事務の目的・内容等に照らして,秘密保持の必要性が高いか否かということも,報償費からの支出に当たって考慮されることである。
(2) 在外公館の事情
在外公館は,外務省職員(在外公館に勤務する外務公務員)のみを構成員とするのではなく,当該在外公館の任地国国民である現地職員も構成員としている。平成14年度末において在外公館に配置されている外務省職員が3249名であるのに対し,現地職員は約5030名にのぼり,外務省職員より多くなっている。
現地職員は,在外公館において外務省職員が行う当該公館の業務を様々な形で補佐しており,例えば,会計班に配属される現地職員は,各別の公館により多少の差異はあるものの,おおむね契約のための民間企業との電話連絡,企業からの請求書の受領等の補助業務に従事している。そのほか,庶務班に配属される現地職員は,一般的な公館事務所及び公館長の公邸における補助業務のほか,公館車の運転業務に従事することが多い。そして,現地職員の採用の方法については,公館の所在国により異なるが,採用方法のいかんにかかわらず,現地職員が何らかの形で所在国政府と密接な関係,つながりを有している可能性は高い。したがって,現地職員がこのように所在国政府とつながりを有するという背景を持つことを前提として,各公館における各種事務を行う必要があるのは,外交に携わる者において常識となっている。
一例を挙げれば,在中国日本大使館で現地職員を採用するためには,「北京外交人員人事服務公司」を通じて申し込むこととなっているところ,この北京外交人員人事服務公司と中国政府外交部(我が国政府における外務省に相当する。)とは,極めて緊密な関係を有していると考えられている。その証左として,北京外交人員人事服務公司の副経理の職にあり,日本大使館に対して現地職員のあっせんを担当していた者が,人事異動によって在日本中国大使館参事官との発令を受けて赴任するという実例もあるほどである。
このような各国における実情を踏まえ,在外公館に勤務する外務公務員(外務職員)は,任地国政府が当該公館に勤務する現地職員を通じて我が国の外交活動に関する情報収集を行っている可能性を考慮に入れながら事務を行っている。したがって,情報収集その他外交工作等に要する経費を支出するに際しては,現地国政府にこれらの情報収集その他の外交工作等に関する情報,例えば要人と秘密裡に執り行う会合の日時,場所,出席者等が伝達される危険性があることから,かかる危険を回避する必要性をも勘案して,他の費目と異なり,関与する者が制限され,現地職員が接する機会が制限されるという特質を持つ報償費から支出するか否かを決定しているのである。
3 小括
報償費の支出は,その時々の国際情勢,外交課題等を踏まえ,取扱責任者の判断により,政治的な意図・目的に基づいて,情報収集や諸外国との外交交渉又は国際会議等を有利に展開するための活動の経費として支出の意思決定が行われているのであり,また,「決裁書」には,そのような意思決定の基礎となる報償費の支出の目的,具体的内容,支払先,支出年度,予算科目,単価,積算の基礎等が一体となって記載されているのである。
 
第3 仮想的な事例と情報公開制度
1 情報公開制度の特徴
次に,上記第1で例示した報償費の支出事例の「決裁書」が情報公開制度における開示請求の対象となった場合に,どのように法5条各号に定める不開示事由に該当し,不開示と決定されるかについて述べることとするが,それに先だって、情報公開法の運用に当たって我が国外交当局として留意せざるを得ない点について触れておく。
(1) 第1に,既に被告準備書面(1)(29ぺ一ジないし30ぺ一ジ)で述べたとおり,情報公開法の定めた開示請求の制度は,個人的具体的利益の有無にかかわらず,何人も開示請求をすることができるということである。そこで,法5条各号所定の「おそれ」が生ずるか否かの判断にあたっては,開示請求者ないし原告の個別的事情,動機などに関わらず,広く,不特定多数の者に対して公開されるとの前提に立って判断しなければならない。すなわち,情報公開法は,開示請求権の主体を「何人も」としているのであるから(同法3条),外国にいる外国人ですら行政文書の開示請求を行うことが可能である。そして,開示請求者が誰であるかに関わらず,同一の決定を行わなければならないから,行政文書の開示によりどのような支障が生ずるかを検討するに当たっては,開示請求者の中には「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する」という法が規定する目的を離れ,我が国との外交交渉等のために有利に活用できる情報を収集しようとする個人や団体が現に存在するということを前提とした上,これらの者に対して行政文書を開示することによって我が国に外交上の不利益が生じることがあり得ないかどうかを十分想定しなければならない。外国政府の利益のために活動を表する個人や団体が,自ら合法的に,あるいは非合法的に得ている各種情報と照らし合わせて,我が国における水面下の情報収集及びその他外交活動を分析するために,我が国の情報公開制度を活用して,定期的に,又は不定期に開示請求を行い,情報収集を行うことが想定されるのである。このようなことが現実から離れた小説等の世界にすぎないと即断して,自らの安住する世界における矮小な知識を前提として検討するようなことがあってはならない。したがって,行政機関の長は,不開示情報の存否の判断においては,それが公にされた場合に所定の支障が生じるか否かについては,我が国が行う外交活動に対して,他の国又は機関等による情報収集活動等が行われていること等を念頭においた上で,外交の専門家として合理的に想定される種々の事態を幅広い角度から検討しなければならないのである。
(2) 第二に,情報公開法は,開示請求を行うに当たって,開示請求に係る行政文書を特定する記載方法,態様等について具体的な制限を設けておらず,個々の開示請求者がそれぞれの意図,目的に基づいて様々な特定の仕方を行うことが可能である。開示請求の対象の特定の仕方次第では,これに対する開示をした場合,開示された行政文書の記載を超えた事柄が明らかになることがある。したがって,行政機関の長は,開示請求に対する判断を行うに当たっては,この観点から開示請求者のした対象の特定の仕方と組み合わされることによって開示請求対象文書の記載を超える事項が明らかになる場合でないかに注意し,そういえる場合には特定の仕方と組み合わせて得られる情報について法5条各号の該当性を検討すべきことになる。
また,行政機関の長は,ある開示請求に対して開示決定等を行い,それを通知するに当たっては,当該開示請求書による開示請求対象文書の意義づけを前提として法5条各号に定める「おそれ」が生じるか否かを判断するというだけでは足りず,同一,同種の文書に対して,別個の形で対象文書を限定して開示請求がされた場合に,法5条各号に定める「おそれ」が生じないか否かをも検討しなければならないのである。例えば,ある開示請求において「平成14年1月から12月までの期間の在韓国大使館における報償費の使用に係る決裁書」が対象文書として特定されたとして,これに対する開示,不開示を判断する場合を考えてみると,別個の開示請求において「平成14年1月1日から12月30日までに在韓国大使館における報償費の使用に係る決裁書」が対象文書として特定された場合,例えば対象文書数を明らかにして不開示決定をすることが求められるとすれば,双方の決定を比較することにより平成14年12月31日に在韓国大使館で報償費を使用したか否か,その件数が明らかになってしまう。したがって,前者の開示請求に対する判断においては,このことが明らかになってしまう可能性があることをも考慮に入れた検討をしなければならないのである。
2 仮想的な事例における「決裁書」に記録された情報の不開示事由
第1において例示した3つの事例に関して,「決裁書」を開示すると被告答弁書3,4ぺ一ジ及び被告準備書面(1)44ないし46ぺ一ジに述べたように法5条3号及び6号に該当する不開示事由がある。そして,国際社会の複雑性,相互連関性,継続性,報償費に係る事務の特質等に照らし,不開示事由の有無を一の側面からのみ考察することは不適当であり,一の報償費の使用が明らかになると,外交上の支障は一に限らず多面的に生じるところ,これらを総合的に考察した上で,被告は法5条3号及び6号に該当すると判断することになる。本件各事例に照らして具体的な考察の例を一部であっても可能な限り説明すると以下のとおりである。
(1) 事例1について不開示事由があると判断する理由
ア 我が国を含む国際社会は,一致してA国の発言に対し「A国の大量破壊兵器開発問題は,B国とC国の紛争とは別問題である。」と公式には冷静な反応を示すことによって,A国の外交戦略に乗せられることなく,問題の解決を図るという外交方針を明らかにし,A国に対して大量破壊兵器開発の断念を迫るべく努力している。それにもかかわらず,本件「決裁書」が開示されることとなれば,我が国が,公式の立場と異なって,A国の発言のとおり,A国の問題がB国とC国問の紛争へ影響を持ち得るという懸念を持っていると受け取られることになる。この結果,A国は,自己の外交戦略が成功していると判断し,更に強硬な立場を示すことによって,外交的取引を通じてより有利な外交的解決を得ることは可能であると結論づけ,A国の大量破壊兵器開発問題の解決とB国とC国の紛争を関連づけるとの外交戦略を更に推し進めることとなろう。その結果,事態がより一層複雑化して,A国に対する大量破壊兵器開発断念の外交的な働きかけが不調に陥るとともに,この問題の解決が困難になることは明らかである。大量破壊兵器の開発や地域紛争の解決が困難となれば,その後の事態の推移によっては,我が国を含む国際社会全体の平和,安全,繁栄のために極めて重大な影響を与えるものであり,看過し難い事態となる。このような事態に陥ることが「国の安全が害されるおそれ」,「他国若しくは国際機関との信頼関係との交渉上不利益を被るおそれ」に該当することは明らかである。また,このように機微にわたる外交問題について,上記のような情報を公開することとなれば,国際社会が一致してとった「冷静な対応」という足並みを乱すこととなり,一種の利敵行為ともなることから,「他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ」があることも明らかである。
イ また,外交的に生じる支障とは,本件事例における当面の課題の解決が困難になるということに限らない。本件のような活動が明らかになるということとなれば,我が国は,上記アに述べたようなおそれが生じることを避けるため,じ後,公式の立場とは異なる立場に基づいて行う情報収集活動を含む水面下での活動を差し控えざるを得ないという事態が生じる。この場合,外務省の行う外交活動全般において,国際舞台の表層だけにとらわれず,あらゆる事態を想定した上での外交活動を行うために必要な情報収集等を行う規模が縮減することとなり,外交上の判断を下すために必要な情報が適切に収集できなかったり,水面下において互いに行われている他国等の活動を把握できなくなる。また,水面下における外交的な働きかけができず,公式の立場に沿った硬直的な外交活動しか行えないこととなったり,あるいは他国等からの水面下での働きかけを受けることができなくなる。これらの結果,様々な情報の対比,分析ができなくなって,正確な国際情勢の把握ができなくなり,外交判断に支障を来すなど,外交事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすおそれがあるし,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ等がある。
ウ 本件「決裁書」が公になれば,B国のQ氏が,我が国在外公館勤務のP書記官に対して,情報提供を行っていたことが明らかとなる。かかるQ氏の協力は,自己の活動が他に知られることなく絶対に秘匿されるという信頼を前提として行われるものである。にもかかわず,この情報提供という事実が,実際には我が国で公開されているとなれば,そのことを知ったQ氏は,P書記官に対する信頼を失い,じ後のB国政府に関する情報の提供,又はB国政府に対する働きかけ等の協力を拒否することは必至である。また,本件「決裁書」が公になれば,B国当局は,Q氏が我が国に対して情報を漏洩し,その対価を受け取っていたことを明確に把握することになるから,Q氏に対する刑事罰その他の制裁を課すことなどを考慮するのは当然であって,その結果,Q氏の権利や立場に悪影響を与えるおそれがある。特に,Q氏から受領した領収書等が公開されることとなれば,これが動かぬ証拠となってQ氏の権利や立場に著しい悪影響を与えることは避けられない、そして,この反射として,我が国とB国との外交関係が悪化することも避けられない。これらの結果,我が国は,B国政府部内情勢に関する貴重な情報源を失い,地域情勢の情報収集に著しい支障が生じることとなって,「国の安全が害されるおそれ」「他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」「他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ」がある。
エ また,かかる情報源の喪失の問題はQ氏だけに限らない。我が国の報償費の支出に関する書類が公開されることとなれば,そのことが知れわたること(アナウンス効果)によって,報償費の使用に係る事務であり秘匿性のあるものであっても公にされるものとして広く受け止められることとなるのは必定である。その結果,我が国の秘密の保持に対する信頼性が著しく低下し,我が国に対して内々の情報提供その他の協力をしたとしても,そのことの秘密は守られないであろうとか,あるいは秘密が守られるという保障がないと一般に受け止められるから,本件とは別個に,我が国に様々な情報を提供していた情報提供者が以後の情報提供にちゅうちょを感じ,協力を中止したり,新たな情報提供者等の協力者を開拓することが困難となるケースが続出することが想定される。そして,情報提供者等の協力者は,一般に自己が協力している事実が明らかになることを強く嫌忌しているものであり,対象者の多様性を前提としてこのことに最も敏感な者,脆弱な者(以下に述べるように,非自由主義,非民主主義の国にいて,このような者ほど,提供される情報は有益なものであると期待できる。)であっても安心して協力できるとの環境を作り出すことが必須なのである。特に,自由主義,民主主義に基づく諸権利が制限されている国家であればあるほど,一般に流通する情報量が制限され,情報提供者からの情報が適切な情勢分析のために貴重であるが,我が国の秘密保持に対する信頼が失われることとなれば,非自由主義,非民主主義的国家における情報提供者ほど,一般にそれに対する制裁の厳格さ等から,当局からの摘発等をおそれ萎縮して情報提供を取りやめることとなり,我が国の情報収集等の事務の遂行に著しい支障を生じる。これらの結果,「他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」「国の安全が害されるおそれ」,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある。
オ 他方,本件「決裁書」が公にされれば,我が国大使館がB国政府に近い筋等から対価を提供して情報収集を行っていたことが明白になる。そうなれば,B国としては対抗措置を講じるのは当然であって,情報治安当局等が,我が国大使館に対して監視措置を講じたり,大使館員の行動を制限する等の措置を講じたり,B国政府関係者全体と我が国大使館員との接触,情報提供を制限,禁止するとの措置を講じるなどの事態が想定される。特にP書言己官が情報収集活動を行っていたことが明白になれば,B国として態度を硬化させ,場合によっては「ペルソナ・ノン・クラータ」(好ましからぬ人物)として国外退去を求めらたり、外交儀礼上の会合への出席を拒否するなどの措置が考えられる。その結果,我が国大使館による情報収集活動その他外交工作活動が手足を縛られた状態となって,これらの活動が十分に行えず,重大な支障が生じるのであり,法5条3号及び6号所定のおそれがある。
カ 我が国が,B国において情報収集を行っていたことが明らかになれば,B国政府関係者との信頼関係を損ねることとなる。特に,このことはQ氏が政府に近い筋であった場合には著しい。これに対する対応措置として,以後,B国が我が国との接触・交渉に応じないとの対応を行う事態が想定される。その結果,B国が関わる外交問題,B国が参加する国際フォーラムなど種々の場面において行われるべき我が国のB国に対する働きかけを行うことが難しくなり,交渉上不利益を被るおそれがあるし,例えばB国とC国の紛争の解決に支障を来し,国の安全が害されるおそれがある。
(2) 事例2について不開示事由があると判断する理由
ア 我が国が友好的な関係を保持する国との外交関係とは,当然のことながら現在の政権との関係を前提とする。したがって,現在の政権を基本的に支持するとの外交姿勢を表明することが必要である。にもかかわず,本件「決裁書」を公にすると,我が国政府が現政権に反対する勢力に属するR氏と会合し,現政権の対日政策の問題点に対する意見交換を行うことが明らかになる。そうなれば,D国政府としては,我が国がR氏が政権を担当するとの予測のもとで個人的な関係を作ろうとしているもの,我が国が現政権に対する批判」的立場を表明するものと受け止めることとなる。この結果,我が国政府がD国現政権を信頼しておらず,むしろR氏の政権就任を支援し,またR氏との間で二国間関係を解決する方が現実的であるとの分析を行っているものとの不信感を抱かせることとなる。かかる事態は戦略的に我が国が作り出すものと異なり,友好関係を保持するという外交上の基本方針に反して生じるものであって,外交上極めて問題を生じさせる。この結果,R国現政権関係者の対日感情は極めて悪化し,我が国政府に対する信頼関係を損なうであろうし,現在有している関税問題をはじめとする二国間の問題の解決のための外交交渉の遂行に重大な支障が生じるおそれがあるから,法5条3号及び6号のおそれがあることは明らかである。
イ 他方,現政権は,これに対する対抗措置の一環として,R氏との政争の中でR氏を批判し,自己の当選を図るため,この会合を材料として,R氏が不当に親日的であって,その政策は国益を損なうなどのプロパガンダを行って,本件をいたずらに政治問題化させるおそれがある。その結果,我が国とD国の関係は悪化を免れないのであって,関税問題等の我が国とD国との間に存在する外交懸案の解決を困難にしたり,R氏の政治的な地位が低下することにより,D国の人権問題の解決が遅延するなど,我が国の外交事務の遂行に重大な支障を生じるおそれがあり,他国若しくは国際機関との信頼関係を損なうおそれ,交渉上不利益を被るおそれがある。
また,この結果,不利益を被るR氏は我が国に対する不信感を抱くことになり,折角R氏と築き上げようとした信頼関係が損なわれることになり,R氏が政権を担当することとなったとしても,D国との外交関係が悪化し、法5条3号及び6号所定の支障が生じることになる。
ウ 本件「決裁書」を公にすることにより,公表になじまない会合の場所(レストラン名)が判明することになる。そうなれば,D国当局は,当該レストランを対象として捜査・調査を行うのは当然であり,その際の会談内容,会談の状況等の詳細を把握することに努めることになる。その結果,これらによって把握した具体的情報を収集・公表してR氏の信用を失墜させることに利用することが考えられる。この場合,上記イと同様の事態となる。
さらに,このような調査活動によって,我が国が内々に検討している外交上の方針等を推知し,それに対する対応策を講じることが可能となる。また,同レストランがそのような公表になじまない会合に用いる場所として我が国大使館が選定していることが判明するから,その後の我が国大使館員が行う活動を把握するため,同店を監視したり,あるいは従業員に協力を依頼し,以後,日本国大使館職員から予約があった場合には,その会合の日時,概要を逐一報告するよう依頼して,当局は必要に応じ会合に際して監視者を傍の席に臨席させるなどの措置を講じるおそれがある。
これらの結果,我が国の情報収集やその他外交工作等の事務の概要がD国に把握されるなどして,外交事務の遂行に重大な支障が生じるおそれ,交渉上不利益を被るおそれ,信頼関係を損なうおそれ等がある。
エ 本件「決裁書」が公になれば,T書記官がS委員長とR氏の会合を開催しようとした企画者であることが明らかとなり,T書記官とC国政府関係者との信頼関係が損なわれる結果,以後D国政府関係者等からの情報収集や働きかけを行い難くなったり,あるいは上記(1)オと同様の事態が生じることが考えられる。これらにより,法5条3号及び6号所定の支障が生じる。
オ また,このような情報が公になり,任国政府との関係が悪化する等の事態が生じるおそれがあるとなれば,そのような事態を避けるため前もって本件のような事務,すなわち外国要人の外国訪問における反対勢力関係者との会合を通じた将来の外交に対する布石を打つという活動を行うことを以後取りやめることとなり,専ら現政権関係者に限った人間関係の構築や働きかけの機会しか設けることができないこととなる。その結果,常日頃から,各国の情勢を分析の上,将来を見越した幅広い外交活動の展開を行い,長期的視野に立った外交活動を推進するという我が国の外交施策を行うことが難しくなり,法5条3号及び6号所定の支障を生じるおそれがある。
さらに,本件「決裁書」が公になることによるアナウンス効果として,各国における現政権に対する反対勢力や野党の関係者等に対して我が国外務省職員が接触しようとしても,そのことがやがて公になることをおそれて接触に応じないことが想定される。その結果,我が国は将来を見据えた幅広い外交を展開していくことができなくなり,法5条3号及び6号所定の支障が生じるおそれがある。
(3) 事例3について不開示事由があと判断する理由
ア 本件「決裁書」が公にされることとなれば,我が国がX国際機関における国際基準Mの維持を目的としてB国等に対して外交的働きかけを行っていることが明らかとなる。そして,本件「決裁書」を開示するとなれば,同様の行政文書も同様に開示せざるを得ないから,働きかけの相手方,日時,頻度,場所等のすべてが明らかとなる。我が国と利益を対立するA国等がこれらを分析することによって,我が国の行う働きかけの相手方,そこから洩れている国,その頻度,日時,目的等により推認される働きかけの状況,内容,相手国の考え等を把握することができる。そうなれば,A国等は,これを受けて,B国,C国,D国,E国に対して重点的に強力な働きかけを行って,我が国の外交的働きかけに対する対抗措置を講じたり,その他の国には,洩れていることに応じて工作活動を行ったり,あるいは工作活動を節約するなど,効果的な対抗策を講じることが可能となる。かかる事態を招くことが我が国の外交交渉を成功に導く上で大きな障害となるのは火を見るより明らかであり,国際機関における外交目標の実現が困難となって,他国若しくは国際機関との交渉上の不利益を被るおそれ,国の安全が害されるおそれ,外交事務の適正な遂行に重大な支障が生じるおそれがあることは明らかである。
イ 我が国がこの事例において行った政策協調は,外交上のいわば紳士協定として水面下で行い,これを公表せず秘匿し続けることが常識,国際的な信義となっている。にもかかわらず,本件「決裁書」を公にし,このような「政策協調」に関する事実を明らかにすることとなれぱ,B国,C国,D国,E国,F国との信頼関係を著しく損なうものであり,これらの国にとって我が国の行動は信義にもとるものと評価されることとなる。
その結果,じ後,B国等は,我が国から政策協調を働きかけられても,そのことがやがて公にされることを危倶して,全く接触にすら応じないということが考えられる。となれば,その後の我が国の外交交渉は「政策協調」という重要な手段を絶たれ,手足をもがれた状態となるのであって,十分な外交交渉による果実を受けることができなくなる。そして,このことは単にB国等にとどまらず,それ以外の国でも同様である。アナウンス効果によって,他の国にとっても我が国と水面下で交渉するとしても,その保秘の保障がないのであるから,水面下の交渉を避けようとするであろう。それは,我が国からの働きかけであると,我が国に対する働きかけであるとを問わない。したがって,このような事態が我が国の外交目標の実現に対する重大な妨げであることは明らかである。
また,個別にみても,例えば,B国等が,我が国と反対の利益を有するA国等から働きかけを受ける場合に,外交儀礼として「M基準問題に係る投票態度については日本と協調することは考えておらず,接触もしていない」等といった説明を行うことはしばしばあるが,情報公開を通じて我が国とB国との接触が明らかになれば,B国は,A国に対する外交上の負い目から,以後のA国とのやりとりの過程でA国との政策協調を優先せざるを得なくなり,我が国との政策協調を拒否するという事態は十分に考えられるところである。
このような事態が生じる結果として,交渉上不利益を被るおそれ,信頼関係を損なうおそれ,外交事務の適正な遂行に重大な支障を生じるおそれ等があるのである。
ウ 本件「決裁書」を公にするならば,公表になじまない会合の場所となったレストラン名が明らかとなる。かかる水面下の交渉については,その有無を含め一切を明らかにしないのが国際上の信義であるから,公表になじまない会合に係る事実の一端である場所名を公表することは,他国との信頼関係を損なうことになる。
また,同所が知られることとなれぱ,A国等は,レストラン従業員に協力を依頼するなどして,我が国の行う水面下の交渉の状況を把握するという活動に入ることが可能となる。これは,基準M問題に限るものではなく,他の問題において我が国と利益が対立する国も,同店を対象として同様の活動を行うことができることになる。
これらの結果,交渉上不利益を被るおそれ,信頼関係を損なうおそれ,外交事務の遂行に重大な支障が生じるおそれ等がある。
エ また,本件に関し,我が国がB国等に対して行った外交的働きかけの相手,規模,回数等が明らかになれば,以後,他の国際機関において類似の外交上の懸案が生じた場合においても,同様の働きかけを行うであろうという推測が可能となる。このようにいわば外交上の手の内がさらされることとなるから,以後,本件との類似した状況が生じたあらゆる外交局面において,我が国と利益を異にする国が我が国の外交工作の手の内を読んで,容易に対策を講じることができ,交渉上不利益を被るおそれ,国の安全が害されるおそれ,外交事務の適正な遂行に重大支障が生じるおそれがある。
(4) 事例1から事例3共通の不開示事由
上記(1)から(3)において,事例に即して不開示事由があると判断できる過程を説明したところであるが,報償費によって賄われた情報収集等の事務に関する行政文書が開示されることとなり,これが外国政府に近い筋等によって知られることにより生じる支障は個別の事案にとどまらない。すなわち,我が国の情報収集等の事務に関する行政文書が一般に開示されることとなれば,我が国外交当局が維持し得る秘密の保持に対する信頼性が一般的に著しく低下し,今後,一般的に我が国が様々な分野において行っている情報収集等の事務に当たって,既に我が国と関係を有している情報提供者等が以後の情報提供を忌避したり,今後新たな情報提供者の開拓が困難となったり,また,野党勢力や反対勢力に所属する人物が我が国との接触を忌避するおそれが生じる。この結果,当該国の外交政策や国内情勢に関する情報収集等の事務の遂行が著しく困難となって,外交事務の適正な遂行に重大な支障を生じるおそれ,我が国の安全が害されるおそれ,他国との交渉上不利益を被るおそれがある。
特に、一般に自由主義,民主主義に基づく諸権利が制限されている国家であればあるほど,公開にて流通する情報量が制限され,情報提供者や反対勢力からの関係情報を得ることが現±地における情勢分析のために極めて貴重なこととなることはいうまでもないが,我が国の外交当局の秘密の保持に対する信頼が一度損なわれることとなれば,情報提供者等が萎縮し,更には情報提供を忌避するに至るおそれが大きく,これらの国々で特に問題となりやすい大量破壊兵器開発等の安全保障問題や,人権問題等の解決において必要な情報提供者等を失うこととなり,外交事務の遂行に著しい支障を生じるのである。
(5) 部署毎の対象文書数を明らかにできない理由
事例1から事例3に関し,これらの「決裁書」を対象として開示請求があった場合,公館ごとの対象文書数を明らかにすれば,以下のとおり,法5条3号及び6号で保護する利益を損なう。
ア 各公館ごとに特定期間の報償費使用の規模を明らかにすれば,巨視的な比較,分析等が可能となるから,我が国が,情報収集その他外交工作等の活動の対象として相対的にいかなる国を重視しているか,世界中のどの地域,どの外交問題を重視しているかについて,検討の上,把握することが可能となる。開示請求に当たって様々な条件を付すことができるから,かかる条件の下であればなおさらこのような検討,把握が容易となり精度を増すことができる。我が国が,ある分野で水面下の活動を活発化すれば,直ちにそれが報償費の使用件数の増加となって現れる。したがって,これを分析することにより,我が国が行おうとする外交上の意図,動向,方針が相当程度明らかになる。
現在の国際情勢においては各国がそれぞれ情報収集を行っており,既に収集して手元にある種々の情報と併せて,他の情報を分析することができる。したがって,報償費の使用件数,その推移が明らかになれば,その背後にある我が国の外交上の方針等が推測されることになる。このような結果,他国等に対抗措置を講じられて交渉上の不利益を被ったり,他国との信頼関係を損なうなどのおそれが生じるのであるから,部署ごとに特定期間の報償費使用の規模を明らかにすることは,我が国行う外交事務の適正な遂行について著しく支障を来すことは明らかである。
そして,開示請求に対する対応が一方と他方で異なることはできないから,開示請求に関する種々の条件の設定をも想定して,判断を行う必要があるのである。
イ また,事例1に即した個別的な説明を行うならば,A国が自国の大量破壊兵器開発問題をB国やC国と関連づける発言を行った後のB国大使館を始めとする関係国の報償費の使用件数を比較分析することにより,我が国がA国の発言をどの程度懸念し,情報収集等の水面下での動きを活発化させたかについて分析が一目瞭然となる。その結果,上記(1)で述べた「おそれ」が生じる。
ウ 事例2については,例えば,S委員長の来訪期間中に,報償費を使用した活動が多数行われていることが明らかとなれば,D国政府がS委員長の来訪期間中に,公式の活動以外に様々な活動が行われていることを把握することとなる。その結果,少なくとも我が国の公式の立場と異なった活動,すなわち現政権と利害が相容れない活動を行っているものと推知することができ,我が国に対する不信感等を抱くであろうし,これを前提として更に調査を進める端緒となるから,これにより具体的な内容をも把握することが可能である。これらの結果,上記(2)で述べたおそれが生じる。
エ 事例3について,例えば,A国が,我が国の外交活動を調査するため関係者を通じて「平成14年11月に外務本省Y局が使用した報償費に係る決裁書」「平成14年12月に外務本省Y局で使用した報償費に係る決裁書」「平成15年1月に外務本省Y局で使用した報償費に係る決裁書」との開示請求を行い,これに対して,平成14年11月7件,平成14年12月5件,平成15年1月15件というように対象となる行政文書を特定した上で不開示決定をした場合,このような件数が明らかになるだけでも我が国の外交的な働きかけの概要を把握することができる。例えば,この場合は,おおよそ5件から10件程度の活動であり,増加数も多くはないことから,働きかけの対象国が最大でも数か国程度ではないかという分析が可能となるのである。その結果,他の情報と併せて分析した結果,日本が標的としていると想定される数か国に限ってより集中的な対抗的働きかけを行うという方策もとることが可能となる。
なお,第2の1で述べたとおり,情報公開請求は,開示請求の在り方によりいかなる制限を行うことも可能なのであって,同時に「平成14年11月から平成15年1月までに,本省Y局Z課所管で使用した報償費に係る決裁書」といった開示請求と組み合わせることにより,更に,本件問題に係る報償費の使用の特定が可能となるのである。
オ そして,開示請求に対する対応が区々に分かれるべきでなく,一方においては行政文書数を明らかにし,他方において明らかにしないという対応をとるべきではない。したがって,報償費に係る文書の開示請求に対する不開示決定において.開示請求ごとに対象の行政文書数を明らかにすれば,法5条3号及び6号に定めるおそれが生じ,保護されるべき利益を損なうことは明らかであるから,これを明らかにすることはできない。
3 小括
以上のとおりであるから,本件各行政文書に,法5条3号に規定する「おそれ」があると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報が記録されていること,同条6号に規定するおそれがある情報が記録されていることは明らかである。
 
第4 不開示決定取消訴訟における対象文書の記載事項の特定について
1 被告は,本件訴訟において,被告準備書面(5)で開示請求対象文書の記載事項の外形的事実について個々の行政文書ごとに明らかにした。
本件訴訟は,不開示決定取消訴訟であり,開示請求に係る行政文書に記録された情報が法5条3号,6号に該当するか否かが争点となっている。かかる判断を行うためには行政文書に現実に記載されている記載内容が明らかになればそれを行うことがたやすいことは当然であるが,当該行政文書に記録されている情報が不開示情報であるとしてされた不開示決定の取消しを求める本訴において,その行政文書の内容,すなわちその情報の内容を明らかにすることは背理であり,不開示情報の開示を禁止する情報公開法の趣旨に反することとなる。そして,記載内容そのものを明らかにしないとしても,記載事項をより具体化していけばいくほど,不開示決定によって守られるべき利益を少しずつ害していくことになるか,又は害する危険性が高まるから,必要性,有意義性もないのにそれ以上の記載事項の特定を求めるべきものではない。したがって,不開示情報該当性の判断が可能である程度に達しているにもかかわらず,更に記載事項の具体的な特定を求めることは相当ではないし,また,不開示情報該当性の判断が可能であるか否かは,情報の意義及び法5条各号の性格等に即して検討すべきである。
他方,不開示決定取消訴訟においては,当該行政文書に記録された情報の一般的類型的性格に照らして不開示情報該当性が判断されるべきであって,個々の具体的で細かな記載事項にとらわれた微視的な判断を行うべきではない。
記載事項の特定に当たっては,以上の観点を踏まえた上で,不開示情報該当性の判断を可能にする程度を達しているか否かを検討の上,記載事項を更に詳しく特定していくことによって,本来不開示によって守られているいかなる利益が阻害される危険性が高まることに注意すべきものである。
2 報償費の個別性及び「決裁書」に記録されている情報の意義
報償費は,既に繰り返し述べているとおり,「国が,国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため,当面の任務と状況に応じ,その都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」であり,「このような性格から予算上目を細分した使途別の区分を行っていない」(乙1号証)から,予算費目の性格として使途が限定されず,個別の事案ごとに使用方法が決定されるものである。このことは,上記の3つの仮想的な事例からも明らかであって,報償費は,その時々の国際情勢や案件の意義,目的等の個別の事情に応じ,その使用の適否及び使用の方法が決定されるという個別性の高いものである。したがって,使途,すなわち使用の方法を分類することは報償費の性格に照らして適切ではないし,また,あえて細かく具体的に分類して使用の方法をある程度明らかにすること自体によって,そのように報償費を使用していることが明らかとなるから,関係国,機関等から対抗措置を講じられるなどの事態が懸念される。したがって,外務省における報償費が「情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するため使用する経費」であり,そのような観点から報償費の支出の適否が判断され,決裁書の記載もこのような観点からされることにかんがみ,支出の内容に関連する分類としては,報償費を使用する事務の目的という観点から,情報収集等の事務,外交交渉等の事務,国際会議等の事務というものに分類する以外には論理的にあり得ず,また,それ以外の分類は,個々の報償費使用の意義や必要性を正しく反映するものではなく,適切な類型化とはなり得ない。
3 被告は,準備書面(5)において,本件各行政文書に記載されている情報が情報公開法5条3号及び6号に該当することについての理解に資するため,「文書の標目,作成者,文書に記載されている情報の外形的事実等」を可能な限度に明らかにするとの観点から,対象文書の記載事項に応じて「文書作成者名,決裁者名,起案・決裁日,支払予定先,支払予定額,目的・内容,予算科目,支払手続日,取扱者名,支払先,支払額,支払方法」といった形で特定を行って,これらに関する具体的な記載が対象文書に存在することを既に立証したところである。また,本準備書面第1において3つの仮想的な事例及び「決裁書」における記載事項を例示し,「決裁書」には,その都度,高度に政策的な外交上の判断により決定される支出の目的,支出の内容,支出金額,支出先に係る記載があり,また,これらの文書が情報公開法に従えば不開示となる具体的な機序をも立証したところである。したがって,被告準備書面(5)において行った記載事項の特定により,本件対象文書を公にすると,法5条3号のおそれが生じることについて,被告の判断に裁量の逸脱,濫用がないこと,法5条6号のおそれがあることについて、既に必要かつ可能な範囲での立証を十分に行っているというべきである。
4 他方,「文書作成者名,決裁者名,起案・決裁日,支払予定先,支払予定額,目的内容,予算科目,支払手続日,取扱者名,支払先,支払額,支払方法」以上の特定を行うことは,先に述べたとおり,必ずしも有意義なものとは言い難い上,次のように不必要な外交上の支障等を生じさせることとなる。
(1) 「文書作成者名」,「決裁者名」,「取扱者名」については,これ以上の特定を行えば,直ちに報償費使用の部署を何らかの形で明らかにする結果となり,上記第2,2(5)に述べたような「おそれ」が生じるため,これを行うことができない。
(2) また,「起案日・決裁日」,「支払手続日」,「支払予定額」,「支払額」についてこれ以上に記載事項の特定を行なうとすれば,記載されている具体的な日時や金額を明らかにするほかはない。これは,不開示情報の一部を開示することとなるから許されないし,また,これによって,第3,2(5)に述べたような「おそれ」がより具体的な形で顕現するものであるから,そのようなことを明らかにすべきものではない。
(3) 「目的・内容」,「支払予定先」,「支払先」に係る特定については,報償費の性格及び不開示事由の判断という観点から検討せざるを得ない。すなわち,報償費はその機動的な性格及び使用方法の多様性から使途別の区分に適さないものであって,報償費の使用に係る事務の目的という観点から類型化せざるを得ないものである。そして,本件各行政文書に記録された情報が不開示情報たるゆえんは、報償費の使用に係る外交上の事務に対する支障という観点を中心とするものであるから,報償費の使用に係る事務の目的という観点からの分類が意味を有するものであり,行政文書に報償費の支出の適否という判断がされるための員体的な事務の「目的・内容」等が記載されていることを前提とすれば,これにより適切に行政文書に記録された情報の意義を把握し得るものである。他方,仮にこれ以外の記載事項の具体化を行ったとしてもそれは先に述べたとおり,報償費の使用に係る事務の意義を適切に把握するための個別の事情,例えば,前提となる国際情勢,報償費使用の背景,それによって獲得しようとする外交上の利益,当該支払先等の地位,属性等を適切に伝達するものとはなり得ず,不開示事由の判断の上で有意義なものとはならない。
にもかかわらず,更なる具体化は少なくとも何らかの形で報償費使用の個別具体的な目的やその使用の方法の暴露につながる事態を惹起させるのであるから,害あって益なしということになる。殊に,例えば,第3,1,(2)等で述べたとおり開示請求者が開示請求を行うに当たって様々な条件を付すことができることを考えると,「目的・内容」,「支払先」,「支払予定先」に係る外形的事実をより具体化するという方針をとれば,今後,開示請求の方法を工夫することによって外交上の事務に支障が生じる事態を容易に生じさせることが可能となる。また,この点をさておくとしても,「目的・内容」,「支払先」,「支払予定先」そのものではなくとも,それらに係る外形的事実をより具体的に述べるとなれば,自己の活動が他に知られるのをおそれる役務提供者等にとって,自分自身又は自己の活動が推測され得るという状態になったと理解されるから,そのような方針を外務省がとったということ自体によって,そのアナウンス効果として役務提供者等による協力が得られなくなるおそれが高い。そのような意味において,外務省は役務提供者等を護るために情報を適切に管理しているという信頼を与えること,そのために役務提供者自身及びその活動につながりうる事実を秘匿するという姿勢を保持し続けることが重要なのであって,安易にこれらの外形的事実を具体化することはできない。
したがって,事務を3つに分類した上で,「目的・内容」,「支払先」,「支払予定先」として記載事項を特定するのが最も適切なものである。
(4) 以上により,本件各対象文書記載事項の特定について,準備書面(5)以上の特定を行うことは,本件訴訟において有意義なものとは言い難い反面,このことによって外交上の支障等を生じさせるおそれが発生するのであるから,これを避けるべきであって,準備書面(5)において明らかにした記載の外形的事実の特定が最も適切なものである。
 
第5 原告準備書面(4)に対する反論等
原告は,準備書面(4)において,「多額の報償費が目的外に使われている」と主張し,これを根拠として,被告の判断に法5条3号所定の「相当の理由」は認められない旨主張するが,このような主張は,報償費の意義及び情報公開法を正解しないものであって,失当である。原告らの主張は,我が国の予算・決算制度に対する無理解に基づくものであるから,会計検査院の指摘,外務省における報償費に関する改革,運用等をも含めて,以下において,この点に対し反論する。
1 我が国の予算・決算制度
(1) 日本国憲法は,83条において,国の財政を処理する権限は,国会の議決に基づいて,これを行使しなければならないとの財政処理の基本原則を定め,さらに,これを具体化するものとして,86条において,内閣は,毎会計年度の予算を作成し,国会に提出して,その審議を受け言義決を経なければならないと定め,90条において,国の収入支出の決算は,すべて毎年会計検査院がこれを検査し,内閣は,次の年度に,その検査報告とともに,これを国会に提出しなければならないとして,会計検査院による決算検査につき定めている。このように,憲法は,国の財政処理に関して,内閣による毎会計年度の予算の作成と国会による審議,事後の会計検査院による決算検査を通じて財政の適正な処理を確保しようとしている。
(2) これを具体的にみると,予算の議決に関しては,内閣は「予算を作成して国会に提出すること」を職務の一つとし(憲法73条5号),これを受けて,内閣総理大臣は,内閣を代表して予算その他の議案を国会に提出するものとされている(内閣法5条)。この予算の作成に関する権限は財務大臣に付与されており,各省大臣は,その所掌に係る歳入,歳出等の見積(いわゆる概算見積)を作製し,財務大臣に毎会計年度8月31日までに送付しなければならない(財政法17条,予算決算及び会計令(以下「予法令」という。)8条)。財務大臣は,これらの見積を検討して必要な調整を行い,歳入,歳出等の概算(いわゆる概算原案)を作製し,閣議の決定を経る。財務大臣は,この閣議決定に基づいて,歳入予算明細書を作製するとともに,各省各庁の長から送付を受けた予定経費要求書等に基づいて予算を作成し(いわゆる予算書の作成),閣議の決定を経て,内閣は,国会の議決を得るため,予算を国会に提出する。
各省各庁の長から提出された見積を調整するにあたって,限られた歳出規模の中から,各省各庁の各般の行政需要を満たすため,通常の予算科目については,当該予算に係る政策の具体的必要性,具体的な使途の説明,具体的使途を想定した必要額の積算の提出等(いわゆる予算説明)を求めた上でこれを検討し,各省各庁の概算見積額の調整が行われている。このような財務省による査定を通じて,国の予算の効率的な配分が確保されることとなる。当然のことながら,この政策,使途等の中には,保秘を要するものがあるが,予算の編成に従事する財務省職員はその職務上知り得た秘密を漏らさない義務を負うから(国家公務員法100条),それを前提として,適正な査定を求めるための予算説明が行われる。
これに対し,外務省の報償費は,当面の任務と状況に応じてその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費であって,本来,予算編成の段階で具体的な積算を行うことができないので,従来から、国際情勢や外交上の諸課題の状況,近年の報償費の執行状況等を総合的に勘案の上,当面の外交課題を効果的に遂行するために必要かつ十分と考えられる額を見積り,これを予算計上している。
(3) これらの予算の執行を受けて,各省各庁の長は,毎会計年度,その所掌に係る歳入及び歳出の決算報告書等を作製し,翌会計年度の7月31日までに財務大臣に提出する(財政法37条1項,予法令20条1項)。財務大臣は,これに基づき,歳入決算明細書を作製し,さらに歳入歳出の決算(いわゆる総決算)を作成する(同法37条2項,38条1項)。内閣は,歳入歳出決算に,歳入決算明細書等を添付して,翌年度の11月30日までに会計検査院に送付し(同法39条),会計検査院の検査を経た歳入歳出決算を,翌年度開会の常会において国会に提出するのを常例としている(同法40条1項)。このように,憲法及び財政法等を中心とする我が国の法体系は,決算に関し,国会による審議に加えて,会計検査院という専門機関を設けて,予算の執行を中心として決算の合法性と的確性を検査することとしているが,これは,国権の最高機関たる国会と独立した機関たる会計検査院による二重の審査によって,国民の負担する租税の使途に対する慎重かつ厳正な審査を行おうとするものである。
会計検査院は国の収入支出の決算をすべて検査する(憲法90条)ほか,法律に定める会計の検査を行い,常時会計検査を行い,会計経理を監督し,その適正を期し,かつ,是正を図る(会計検査院法20条)。これらの会計検査院の権限を行使するため,同院は,内閣から送付される歳入決算報告書等(財政法39条)のほか,これらを裏付けるものとして各省各庁の長から送付される個々の歳入歳出の内容を示す詳細な計算書及び証拠書類(会計検査院法24条1項)に基づいて検査を行うとともに,実地の検査(同法25条),帳簿,報告等の提出,関係者への質問(同法26条)をも行う。以上のような会計検査院の事務総局職員は,秘密にわたる国の支出について知ることとなるから,これらの秘密を漏らしてはならない義務を負う(国家公務員法100条)。
(4) このように,憲法や財政法等を初めとする我が国の法制度は,秘密保持の必要のある政策に係る経費の支出を含む国の機関全体の財政に関する事務を,守秘義務を有する財務大臣以下の財務省職員による予算の編成,守秘義務を有する会計検査院検査官以下の事務職員による検査,さらに,これらに基づく国会での審議という過程を通じて,その適正を図ることを企図している。
(5) 外務省としては,このような財務省による予算編成作業や会計検査院の決算検査に対しては,適切に説明や証拠書類の提出を行ってきており,保秘を要する政策に関する予算を含め適正な予算執行のための説明責任を果たしている。報償費についても,計算証明規則l1条に基づき,いわゆる簡易証明によることが認められ,証拠書自体を在外公館で保管することが認められているが,従来から,すべて会計検査院の検査の対象となっており,必要な説明を行ってきている。そして,このような検査の結果,会計検査院より,外務本省や在外公館において使用されている報償費について,会計手続の不備等について,是正改善の措置や,これに至らない指導等が行われることがある。以上のように,公共の福祉のために秘密を要する政策等に関する支出を含めて,守秘義務のある独立の機関を設けることによって検査の対象とし,もって,秘密の保持とも両立させつつ,予算の適正の執行を図るものであり,これが,憲法及び財政法等の法令による現行法秩序が採用した国の適正経理の確保のためのメカニズムなのである。そして,このような制度的仕組みは,それ自体で完結して予算執行の適正を図ることのできる自足的なものとして構成されており,実際にもそのように機能しているのであって,情報公開制度と相連関して機能するものではない。したがって,上記仕組みの下での検査において指摘を受けることと,情報公開制度とは全く別次元のものであり,前者の事実から後者の問題につき何らかの結論を導き得ないことはいうまでもない。
2 平成12年度会計検査院報告について
(1) 原告は,「会計検査院が目的外使用を指摘」したものがあるとし,これを前提として「相当の理由」がないと主張する。しかしながら,そもそも,本件訴訟は,不開示事由の有無を審理するものであって,支出手続の適法性を審理するものではないから,原告の主張するように報償費の支出の一部に「目的外使用」があったか否かは審理に直接関わるものではなく,本件審理においていかなる意味を有するのか自体が明らかではないが,それをおくとしても,原告のいうように「会計検査院が目的外使用を指摘」したとする原告の主張は,報償費の意義,会計検査院の指摘の趣旨を誤ったものであって,前提において失当である。
(2) すなわち,原告の主張は,機動的に使用するという報償費の性格を正解しないものである。報償費は,「国が,国の事業を円滑かつ効果的に遂行に行うため,当面の任務と状況に応じてその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」であり,あらかじめ使途を特定することなく,その都度の判断で最も適当と認められる方法により使用できるものである。すなわち,ここでいう「機動的に使用する」とは,予算編成の段階であらかじめ個別具体的な使途を想定し,それを前提とした積算によって必要額の見積りを行うことができない行政需要に充たすため,予算において使途を具体的に特定することを要せず,その行政需要が生じる都度の判断によって機動的に対応し使用するという趣旨である。そして,かかる報償費は,外務省においては,「情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するための経費」として用いられており,左記のとおり使途による特定はできないから,報償費の使用の適否の判断には,その使用目的の判断が重要な意味を持ち,むしろ不可欠なものというべきである。
したがって,報償費の支出については,その都度,情報収集等の事務等といった報償費の使用として適切な目的といえるか,事前の積算になじまないという意味において,機動的に使用されているかの観点から判断が適当と考えられ,一定の使用形態であれば,必ず報償費から支出されるとか,一定の使用形態であれば,全く報償費から支出してはならないというわけではない。例えば,第1に述べた仮想事例2において現政権の反対勢力R氏との会合を準備する際に,今後の外交工作等のため同人との緊密な関係を築くという意図・目的のもとに同人に対して贈呈する品として酒類を購入したり,同人との会合のため必要な移動に用いる車両を借り上げるために,その使用料を支出することは,報償費の使途としては許されるし,あり得ることである。このような使途であっても,行政文書を明らかにし得ないのは,前記第3,2,(2)で述べたところと同様である。すなわち,どのような類型の使途であるにせよ,そのような類型であることから不開示事由に関する結論を何ら導くことはできず,報償費の使用に係る事務の目的に照らして不開示事由があるという判断にならざるを得ないのである。
(3) 原告が指摘する「平成12年度会計検査院の報告」は,会計検査院が平成12年度予算の決算の一環として行った検査報告であり,外務省本省及び在ヴィエトナム日本国大使館ほか12か所の在外公館を対象として,主として平成12年度の支出について検査を行った結果について報告したものである。同報告において,会計検査院は,第一に,経理処理,第二に,確認,監査,第三に,報償費の使途について検査を行い、その結果を決算検査報告において明らかにするとともに,外務省に対して,是正改善の措置を求めた。同報告において,報償費の使途に関し,会計検査院は,「12年度に報償費で支出されたものの中には,定型化,定例化するなどしてきており,当面の任務と状況に応じ機動的に使用するとの報償費の趣旨からすると,報償費ではなく庁費等の他の費目で支出するよう改善する必要がある経費(国内又は海外で開催される大規模レセプション経費6131万余円,酒類購入経費1536万余円,本邦関係者が外国訪問した際の車借り上げ等の事務経費1083万余円,在外公館長赴任の際の贈呈品購入経費4729万余円,文化啓発用の日本画等購入経費7238万余円)が含まれていた。」とした。
これは,その文理に照らして明らかなとおり,会計検査院として,報償費から支出されたものの中に,「定例化,定型化」しているものがあると判断されるが,報償費は「当面の任務と状況に応じ機動的に使用する」経費であるから,定例化,定型化し,報償費から支出する必要がないものは,「他の費目で支出」すべきであると勧告したものであり,前記のような報償費の会計上の性格のうち,このような「機動的に使用する」という側面を前提として改善を勧告したものといえる。すなわち,定型化,定例化した等と指摘されたこれらの経費が,外務省が報償費の使用目的としている「情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開する」という目的に使用されていないとか,目的外使用であったとするものではない。報償費は,「当面の任務と状況に応じてその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」であり,予算編成の段階では具体的な積算に基づく査定を受けずに計上される特別な経費であるから,報償費の使用に当たっては,「報償費を使用する必要があるか」について充分な検討をすべきであり,「定型化,定例化している」ものについては,前年度から予算を具体的に積算することが可能なのであるから,庁費等の科目により支出し,財務省による査定の対象とすることにより,効率的な予算執行を確保することが適当であるとの趣旨をいったものというべきであり,原告のいうように「目的外使用を指摘した」ものとしてこれをとらえるのは,報償費の意義を正解せず,その結果,会計検査院の指摘の趣旨をも見誤ったものである。
(4) 結局のところ,会計検査院報告は,適正かつ効率的な予算執行を確保するとの観点から,報償費の性格のうち機動性に着目して改善すべき点を指摘したのであって,報償費が情報収集等の目的で支出され,これらの目的のために使用されたことはもちろん,当該支出について秘密保持の必要性を否定する趣旨のものではないから,不開示事由の有無を審理する本件訴訟において,原告の主張は,何ら違法事由の主張たり得ない。
3 平成14年度予算における報償費の減額について
原告は,平成14年度予算において外務省の報償費の予算額が「4割削減」されたことは「従来の報償費の多くは,本来の報償費の使途とは別のところに使われていた」ことの証である旨主張する。
しかしながら,かかる原告の主張は,情報公開法を正解せず,不開示事由の有無を審理する本件訴訟の審理の範囲外のものをいうにすぎない上,報償費に関する予算の作成をも理解しないものであって,いずれにせよ失当である。
すなわち,外務省は,平成12年度決算検査報告における会計検査院の指摘を踏まえ,平成14年度予算において報償費の見積額を見直し,結果として平成13年度予算額55.7億円を約40パーセント減額した33.4億円が予算計上された。
このうち約15パーセントである8.4億円については厳しい財政事情にかんがみ予算の緊縮を図るとの観点から減額することとなったものである。また,先に述べたような定型化・定例化した経費について,予算の費目の割当を適切に整理するとの観点から,他の関連経費と併せて,個々の具体的な使途の想定に基づいて必要額を積算して,庁費等の費目ごとにそれぞれ予算計上してその費目額を増額したことを踏まえて,これらの財源に充てる必要から約25パーセントに当たる約14億円を減額した(注1:川口外務大臣の第154国会予算委員会における答弁)。
このように外務省の報償費の予算額が減額されたのは予算上の制約,会計技術上の観点に基づくものであって,報償費が目的外に使用されていたためではなく,原告の主張には論理の飛躍があるというほかない。
なお,この結果,平成14年度以降,庁費等から支出されるものは,その予算費目の性格に照らしてその支出の適否が判断されるのであるから,報償費のように個別の報償費を使用する事務の外交上の目的・意図を前提として支出の適否が判断される必要がなく,支出の意思決定に当たっては,関係書類上もこのような観点から支出の適否の判断のために必要とされる事項が記載され,支出の適否の判断と意思決定がされるし,情報公開法5条各号に該当する不開示情報が記録されているかどうかもが,このことを前提として判断されることとなる。
4 「内閣官房への上納機密費」に係る指摘について
原告は,「内閣官房への上納機密費」が存在している旨主張しているが,この点については,国会において,歴代の外務大臣等が一致して外務省の報償費が上納されているとの事実はない旨責任をもって答弁してきたところであり(注2),原告の主張は,単なる憶測に基づくものにすぎない。
5 「不正経理」について
原告は,「庁内で組織的に不正経理」がされていたと主張するが,かかる主張は本件訴訟において審理の対象とならない事柄をいうにすぎないものであって失当である。
すなわち,本件訴訟は行政文警に不開示情報が記録されているか否かを審理する情報公開訴訟であるから,不正経理の有無自体は審理の対象とならない。さらに,本件各行政文書の性質」上,そこに記録された情報は,当該「決裁書」に係る支出がされたとする知らせであり,「支出がされなかった」などというものではあり得ないから,当該行政文書に記録された情報には「不正経理」という観点からの意味づけがないことを前提として,不開示情報該当性の判断を行わなければならない。したがって、原告の主張は失当である。
さらに,この点をさておいても,報償費の使用に当たって不正があった事案に係るものであっても,「決裁書」には一部の金額等については実際に必要な経費とは異なる記載がされているものの,使用目的等のその他の記載については,その事案の報償費の使用目的等が反映されているから,これらを公にすることによって,法5条3号及び6号所定の支障が生じるおそれがあることはこれまで述べてきたところから明らかである。また,不正な事案に係るものであっても,決裁書を公にすれば,少なくとも,このような「決裁書」による意思決定がされていることから,その「決裁警」に化体されているような使用目的を持つ報償費の使用に係る事務が我が国の外交において一般的に存在すること自体は明らかになるところ,このことが明らかになるだけで直ちに法5条3号及び6号に定める「おそれ」が生ずるというべきことは既に論じたとおりである。
なお,この件に関して外務省における調査及び会計検査院の検査によって,国際会議等に必要な経費の支払に当たり,取引先に対して支払った金額と実際に要した経費との差額が「プール」されていたことが判明した。外務省は,今後の再発を防止するため,職員に対する会計研修等の徹底,物品・役務調達契約事務の会計課への一元化,監察査察官の設置及び外務本省における監察の実施等の措置を講じたところであり,その結果,平成13年1O月以降において同種の事例は認められない。
6 「国会議員他への便宜供与」について
原告は,国会議員等が外国訪問した際の便宜供与の経費が報償費から支出されていた旨主張するが,この点については既に被告準備書面(2)において述べたとおり「報償費が,便宜供与にかかわる業務に係る費用に充てるため支出されたか否かによって,本件各支払関係文書に記録されている情報が法5条にいう不開示情報に該当するか否かが決せられるという関係は,成り立ち得ない」のであって,原告の主張は便宜供与の意義等に関する誤った前提に立つものであり失当である。
7 以上から明らかなとおり,要するに,原告は,報償費の意義等を正解せず,誤った情報公開法の解釈を前提として主張を展開しているにすぎない。既に被告準備書面(1)48ぺ一ジ以下においても述べたように,原告は,公費の無駄な支出を監視するために本件各行政文書を開示すべきであるという見解を前提した主張を行っているが,法は,開示決定等は,開示請求の動機,理由のいかんを問わずこれを行うべきものとしており,原告が本件開示請求の目的と主張するところのものは,開示請求に対する判断に当たって斟酌することができない事柄であるから,本件訴訟の審理の対象となる余地はない。加えて,我が国の法体系については,国の財政の適法性については,国の歳入歳出の決算をすべて毎年会計検査院がこれを検査すること,内閣は,決算を次の年度に,その会計検査院の検査報告とともに国会に提出しなければならないことなどによりこれを確保するとの制度を採用しているのであって,公共団体における住民訴訟のような特別の参政の制度は設けられていないのである。要するに,現行法の体系は,国の財政の違法及びこれに対する予防・是正は,代表制の過程による政治的批判のほかには,統治機構内部の作用でこれを行うこととなっており,国民には直接これに参与する権限を付与しないとしたというほかはない。情報公開法の解釈適用も,このような体系との整合性が保たれるべきであり,情報公開法の定める開示請求権を一種の直接参政権の制度に転用しようとしたり,不開示決定の要件に国の財政違法の予防是正という異質の観点を混入させて,不開示決定の適法性に関する判断を行おうとするのは,法の解釈を離れたものというほかなく,かかる見地に基づく原告の主張は失当というほかない。
なお,参考までに,この点に関して外務省において行った報償費の支出の適正さをより堅固にするための改革について触れておく。外務省は、松尾元要人外国訪問支援室長による内閣官房報償費詐欺事件を契機に,報償費の執行に対する国民の信頼が損なわれたことを重く受け止めるとともに,先の会計検査院の指摘を踏まえて,平成14年度予算における予算計上に関する措置に加え,次のような,改革のための措置を講じた。まず,支出手続に関して,平成14年7月より,lO万円を超える案件については,外務副大臣以上の決裁を必要とすることによって,支出の必要性の審査の厳格性を確保するとともに,種々の機会を通じて会計手続に関する意識の涵養を図っている。また,事後的な監査体制として,在外公館において使用する報償費に関する計算証拠書類をすべて外務省本省に提出させ,外務省大臣官房会計課においてその検査を行うことを制度化し,平成14年4月より検事を監察査察官に任用して,本省内各部局の監察及び在外公館に対する広範かつ重点的な査察を実施することして内部監査の充実を図っているところである。
このような報償費の執行,監査制度の改善を通じて,外務省は一層の報償費の厳正かつ適正な使用に務めてきたところであって,このように会計検査院の報告に応えて改善措置が行われたことについては,平成13年度の決算検査報告において処置済事項として記載され,国会に報告されていることからも明らかである。
 
第6 結論
よって,本件各行政文書に法5条3号及び6号所定の不開示決定情報が記録されていると判断して行った本件不開示決定は適法であること,原告の主張には全く根拠のないことが一層明らかとなったものであるから,本件各請求は棄却されるべきものである。
 
 
(注1)平成13年2月5日衆議院本会議における河野外務大臣の答弁
○ 上田清司君
一方,外務省の予算を内閣官房機密費に上納したとすれば,財政法上あるいは会計法上の法令違反にもなります。事実を明らかにすべきだと思います。外務大臣に御答弁をいただきたいと思います。
○ 河野大臣
外務省の報償費が官邸に上納されていることがあるかという意味のお尋ねがございました。外務省の報償費が官邸に上納されているとの事実はございません。
 
 
(注2)平成14年2月18日衆議院予算委員会における川口外務大臣の答弁
「○ 川口国務大臣 今おっしゃられましたもののうち報償費でございますけれども,これはまず全体として四○%削減をいたしておりまして,そのうち約二五%につきましては,従来の報償費の定義,目的に沿って使用してきたもので,近年ある程度定型化,定例化しているものにつきまして,予算執行の整理の観点から内容を精査いたしまして,可能な場合には報償費以外の科目で具体的な事項を立てて予算計上をするということでしたということでございます。残りの一五%につきましては,外務省の,これは削減を行ったということでございます。」