平成13年(行ウ)第150号行政文書不開示処分取消請求事件

原 告 非特定営利法人情報公開市民センター

被 告 外務大臣 川 口 順 子


原告準備書面(6)

平成15年12月9日

東京地方裁判所民事第2部A2係  御中

原告訴訟代理人弁護士高 橋 利 明
大 川 隆 司 
羽 倉 佐知子 
清 水    勉 
佃   克  彦 
土 橋    実 
関 口 正 人 
谷 合 周 三 

目  次 
第1
原告の請求と本件訴訟の経過
第2
被告の主張内容について
 
第3
被告が負担すべき主張立証責任と主張内容について
 
第4
あまたの機密費流用、着服・目的外利用
 
第5
報償費の目的外的使用は明らかである
 
第6
本準備書面の締めくくりに
 





















第1 原告の請求と本件訴訟の経過
1 原告の請求
原告が被告に開示を求めた文書は、@外務省大臣官房、A在米日本大使館、B在仏日本大使館、C在中国日本大使館、D在フィリピン日本大使館において、平成12年2月及び3月に支出された、「交際費、報償費ならびに諸謝金に関する支出証拠、計算証明に関する計算書等一切の文書」である(以下、報償費についてのみ述べることにする)。この請求内容からも明らかなとおり、原告は、上記費目の支出手続に関し、支出の意思決定から支出手続の終了までの一連の手続において、被告が保有する全ての行政文書の開示を求めているのである。
言うまでもなく、行政文書とは、「行政機関の職員が職務上作成した文書」だけでなく、「職務上取得した文書」も当然に含まれている(情報公開法2条2項)から、被告が作成した文書のほか、被告が取得した文書も請求の対象として対応すべきである。
被告準備書面(4)や乙5号証の1によれば、支出の意思決定から支出手続の終了までに「職務上作成した文書」または「職務上取得した文書」には、少なくとも次のものが存在することになる(乙5の1 「2 取扱の要領」部分参照)。
@ 支出負担行為に先立つ決裁書または在外公館からの公(電)信
A 同決裁書に添付される見積書、契約書案、申請書等の関係書類
B 支出負担行為決議書
C 同決議書に添付された関係書類
D 支出負担行為依頼書
E 支出決定決議書に添付された請求書その他関係書類
F 領収書
ところが、被告は、原告が開示を求めた文書を、大臣官房及び在外公館とも「支出行為に先立つ決裁書」に一方的に限定し、不当にも「決裁書」以外の文書は原告の開示請求の対象外であると決めつけ(準備書面(4)の13頁及び14頁)、決裁書以外の関係書類や添付書類をことさら除外した。レストランの領収書などは、後述の被告設定の仮想事例においてさえ不開示とすることができないために、被告は予め「領収書」等を対象文書から除外しようと企んでいたのである。明らかな隠蔽工作である。こうした被告の対応は、まずもって情報公開法の趣旨に反していることは明らかと言わねばならない。
なお、被告は、領収書等の決裁文書に貼付した資料を含め、一体として「決裁書」であると解している等と主張しているが(被告準備書面(7)の9頁 第2 1)、この場合の領収書等は、決裁書とは明らかに別の文書であるから、開示請求を受けた文書として、当初から、各別に特定され、かつ、不開示理由が説明されなければならないものである。
 
2 本件訴訟の経過
本件は、裁判所が被告に対し、繰り返し「情報の特定」や「不開示事由」の主張について釈明を求めてきたが、被告は一向に裁判所の求めに応じず、徒に時間を費やすだけであった。被告の何ら明らかにしないという姿勢だけが変化せず、提訴以来2年半の歳月が過ぎようとしている。あらためてこの経過を振り返っておく。
なお、以下(5)までの主張は、すでに平成15年3月25日付け準備書面(5)第1において行っているところであるが、訴訟の経過という性格上、再録した。
(1) 冒頭から、「具体的な主張は行なわない」と釈明
ア 平成13年9月21日、第2回口頭弁論期日において、被告の同日付け準備書面(1)が陳述された。同準備書面は、53頁にも及ぶものではあったが、本件文書に記載されている情報の外形的な事実すらも明らかにせず、主張の主旨は「被告は、……これが公にされることにより、情報収集その他の外交工作が阻害され、適切な外交事務を遂行することができないので、法5条3号に該当すると判断した」(45頁。法5号6号についても同様)と述べているにすぎないものであった。
イ そこで、同書面を受けて、裁判所は被告に対し、@5条6号(事務事業情報)について、同号のイからホのうち、いずれに該当するとの主張か、A5条3号(防衛情報、外交情報)について、これ以上の具体的な主張は行わない趣旨かと2点について釈明を求めた。
これに対し、被告は、@について、イからホのいずれでもなく、6号本文の「その他」に該当する、Aについて、これ以上の具体的な主張は行わないと釈明した。
 
(2)  裁判長は、再度、主張責任を尽くすよう被告に指示
ア 平成14年2月1日、第4回口頭弁論期日において、裁判所は、両当事者の主張を踏まえ、主張立証責任の考え方、審理方式について、双方の主張が対立していることを確認のうえ、情報公開条例に関する裁判では、被告が非開示文書の項目、性格等を説明し、当該文書に、外務大臣による裁量権行使の前提となる情報が記載されていること等の主張立証が必要であると説示し、被告に対し、不開示理由の具体的な主張を指示した。
イ 平成14年4月24日、第5回口頭弁論期日において、被告は、同日付け準備書面(4)を陳述した。同書面は、裁判所が第4回口頭弁論期日において、被告に不開示情報の該当性の判断に必要な限度での情報の特定を求めたことに対する回答であった。しかし、同準備書面には、「第3 本件各行政文書の内容等」という項目は存在したが、そこでは、原告の請求対象文書が全部で1069件であるとし、「本件各行政文書については、……外務省大臣官房における文書及び在外公館における文書のいずれもが報償費の具体的な使用案件ごとに作成された文書であり、かつ、当該報償費の使用の意思決定を行うために作成されたものであって、当該報償費を支払う役務提供者等の氏名、支払金額、報償費に係る事務の目的、内容、支出年度、科目、単価、積算の基礎等が記載され、報償費の具体的使途、使用目的、報償費に係る事務の内容等を明らかにする文書となっている」(14〜15頁)とするだけにとどまるものであった。またしても、「文書の体裁」ないし「雛形」を説明したに過ぎないものであった。要するに、裁判所の求釈明には応じない準備書面であったのである。
 
(3) 裁判長は、被告に三度目の求釈明を行なった
ア そして、平成14年6月5日、第6回口頭弁論期日において、裁判所は、被告による前回行った「情報の特定」では、裁判所が開示不開示の判断を行うことはできないとして、被告に対し、@文書の標目、作成者、記載されている外形的事実を特定すること、A特定ができないのであれば、その理由を個々に具体的に説明をすることを指示した。
イ この求釈明に対する回答が被告の「第5準備書面」であった。平成14年10月2日に陳述となった同準備書面(5)が、それまでのものと異なるところは、原告請求の対象文書とされる1069件の文書について、各文書ごとに、記載事項の項目を付加したことだけが目新しかった。別表25頁を使って、1069件の文書の記載項目だけを付け加えてきたのである。まったく、報償費支出の外形的事実の主張とは云えないものであった。
ウ このような状況であったところから、原告が、被告の主張は裁判所から求められた外形的事実等の特定に対する回答となっていない旨指摘したところ、裁判所は、これまで被告に対しできる限りの特定を求めた結果としての回答の書面が上記書面(5)であり、それ以上は情報の内容、不開示理由の有無等中身の議論に関わってくる可能性があるとして、とりあえず、原告に上記書面に対する意見、反論を行うようにと指示した。
エ そのうえで、原告の求めに応じて、裁判所は、被告に対し、@報償費の使途の分類は、A(情報収集等)、B(外交交渉等)、C(国際会議への出席等)の3種類でよいか、A被告の主張によれば、報償費は、「国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の状況と任務に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」であり、外務省では「情報収集及び諸外国との外交交渉ないし外交関係を有利に展開するため使用する経費」に当てているとなっているが、外務省の場合、報償費としての使用は、上記情報収集等に限定されているという理解でよいか、上記使途に限定している根拠として、何らかの規範があるのか、あるいは運用によるのか、広義では報償費として「機動的に使用される経費」について、外務省では「報償費」以外の別途の費目で支出していることはあるのか、B「情報収集等」とある「等」は何を意味するのか、情報収集以外のものも含むのか、と以上3点の釈明を求めた。
オ これに対し、被告は、@について裁判所の分類のとおりでよい、Aについて、第1点目は、裁判所の理解のとおりであり、第2点目については、規範はなく、運用によるものであり、第3点目については、別途の費目で支出していることもある、Bについては、情報収集及びこれに関連するものに限定されるとそれぞれ回答した。そのうえで、裁判所は、外務省での報償費の運用については、早急に書面で提出するよう指示した。
 
(4) 裁判長は、四度目に、仮想の事実での説明を求めた
ア 平成14年11月25日、口頭弁論期日において、被告が、「これ以上情報の特定に関し具体化はできない。」と主張した。
イ これに対して、原告が、被告の特定では全く不十分で、より具体化した説明が必要であると主張したところ、裁判所は、被告の外形的事実の特定が、抽象的か具体的かで双方の主張が噛み合っていないが、裁判所としては、「被告準備書面(5)による公開した場合の支障等のおそれの主張について具体的に理解できない状態である。そこで、被告の主張は、本件情報公開請求の対象情報から、いくつかのプロセスを経て、プロセスの組合せで、最終的に支障が生じるとなっているので、そのプロセスを、本件情報請求の対象である情報自体ではなく、仮定的に、例示として、いくつかのパターンを取り上げて、公開した場合に生じる支障を具体的に説明してほしい、これが、今まで被告が主張してきたこれ以上特定できない根拠の説明ということになるかもしれない。例えば印影の公開による支障等の主張であれば、裁判所も直接支障の有無を判断できるが、本件における被告の不開示理由の主張では、直接判断できる内容となっていない。」と述べた。
ウ この裁判長の指揮に対して原告は、「裁判長の努力は多とするが、仮想の事実を例示して説明させても意味が無い」旨を指摘した上、(@)本件不開示決定について、少なくとも被告は、自ら作成した審査基準へのあてはめを明らかにすべきである、(A)本件不開示処分は、一つの処分ではなく、五つの処分である。ところが、被告は五つの処分をまとめて不開示理由や外形的事実の特定等を主張しているので、少なくとも五つの処分ごとに外形的事実の特定と不開示理由の説明をすべきであると指摘したところ、裁判所は、原告の再指摘については視野に入れているが、まずは第一段階として被告から上記の支障等のおそれに関する説明の主張をしてもらい、そのうえで、原告の指摘について検討していきたいと指揮した。
 
(5) 被告は、結局、法5条3号、6号所定の情報の特定もしなかった
それを受けて、被告が提出したのが平成15年1月30日付け準備書面(6)であった。この準備書面による主張によっても、被告の主張責任が果たされていないことは、原告の15年3月25日付け準備書面(5)で指摘したとおりであり、裁判所は、被告に対し、被告の主張が不十分であることを前提に、さらに、次のとおり、さらに具体的な求釈明を行った。
 
(6) 裁判長は、5度目の、手取り足取りのような求釈明を行った
ア 平成15年3月27日の口頭弁論期日において、裁判所は、被告の準備書面(6)を受けて、被告に対し、「外形的事実に関して、さらに特定できるところがあると思われる。そこで、以下の項目について、(@)特定の可否を検討すること、(A)特定できない場合にはその理由を説明すること。その説明は、特殊ケースを前提としてではなく、一般的に支障があることの説明であること。
@ 各文書を、各大使館、大臣官房ごとに分類すること
A 作成者、決裁者の職名の開示の可否
B 起案日、決済日
C 支払予定額
D 予算科目(報償費、政府開発援助報償費、あるいは、その双方
E 支払手続
F 取扱者の職名
G 支払額、支払方法
なお、特定ができないという場合には、主張立証責任の議論と絡んでくる。」と求釈明した。
イ 原告は、被告が開示請求対象文書を決裁書に限定しているが、領収書等も当然請求対象に含まれていることを指摘したところ、裁判所は、被告に対し、決裁書以外の領収書等が公開請求の対象にならないということであれば、その理由について、説明することを指示した。
 
(7) 被告は、大臣官房・各大使館の別、予算科目のみを説明した
ア 被告は、これを受けて、平成15年6月17日付け準備書面(7)を提出した。しかし、驚くべきことに、従前の主張に、「予算科目」と「担当部署」(大臣官房、各大使館の別)のみを付け加えたものであった。
イ 裁判所が被告に対し、主張はこれで終了したかと尋ねたところ、被告は、上記準備書面による主張をも含めて、従前の主張が不十分であるため、さらに外形的事実をこれ以上特定できない理由について、補充主張すると回答した。
裁判所は、情報公開請求訴訟の主張立証責任の配分に基づき、被告が文書の特定あるいは特定できないときはできない理由に関する主張を行う必要があると指摘した。
ウ 原告は、審理期間が2年を超えており、裁判所が再三被告に対し、非開示事由の主張を行うように求めており、会計検査院の指摘について、被告は、定型的支出云々と主張するのみで、レセプション代、酒類購入費、日本画等購入経費等を不開示とする理由の説明はないし、外務省が自ら定めた開示非開示基準へのあてはめについてすら主張していないことから、本訴訟は結審の段階に来たというべきであると主張した。これに対し、裁判所は、被告が補充主張を行うと言っているから、それを待って、原告に反論を行うか否かを検討するように指示した。
 
(8) 被告の主張立証は終了
平成15年9月1日の口頭弁論期日に、被告は、同日付け準備書面(8)を提出した。これに対し、原告が、「上記書面は、前回までの主張で不十分な点を補充したものであるはずだが、具体的にどのような補充主張を行ったのか?」と尋ねたところ、被告は、外交活動の特殊性、特に非公開活動の必要性の主張を補充したものであると回答した。
原告がさらに「本件不開示決定と外務省審査基準との関係についての主張は行わないのか。」と質問したところ、被告は、被告準備書面(4)20頁以下で行ったところであると答えたので、原告が主張はこれで終了したのかと聞いたところ、原告からの反論や裁判所からの求釈明等があれば主張を行うとした。これを受けて、裁判所が被告に対し、「不開示理由の主張立証責任が被告にあることを前提として、ぎりぎりの主張を行ったものか。これ以上の主張は行えないということでよいか。」とあらためて確認したところ、被告は、「はい。記載項目の内容についてはこれ以上特定した主張はできない。」と答えた。さらに、原告が本件開示請求に対する不開示の判断に際し、1000件を超える本件各文書ごとに、外務省審査基準をあてはめた内容等について具体的に主張しないのかと尋ねたところ、被告は、主張しないと明言した。
裁判所は、文書の中身を見て判断できるものではないので、被告がぎりぎりまで主張立証を行った否かで判断することになると発言して、終了した。
 
(9) 以上のように、これまでの本件審理の経過を振り返ってみても、被告は、裁判所が求めてきた「不開示情報の該当性の判断に必要な限度での情報の特定」すら明らかにしようとしてこなかったのである。被告が不開示とした情報の特定すら行わず、不開示処分の理由についても法に則った具体的な主張を行っていないことは、裁判所からの再三の求釈明があったことからも明らかである。いずれにせよ、被告は、被告が不開示と判断したという以外に実質的な何らの主張立証もしていないのであるから、被告の本件不開示処分は取り消されるべきものであることは明らかである。
 
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第2 被告の主張内容について
1 被告の主張要旨
(1) 不開示情報該当性に関する事実の主張・立証責任
被告は、不開示情報該当性に関する事実の主張・立証責任について、以下のとおり主張する。
不開示決定取消訴訟において、同法5条各号の不開示情報該当性の根拠事実に関しては、原則として被告が主張立証責任を負う。この点を更に述べれば、被告は、@当該行政文書に「情報」が記録されていること(ある事柄についての情報が記録されていること)、A当該「情報」が同法5条各号に該当することを主張立証することとなる。
以上が、不開示情報に該当する事実の主張・立証責任の基本的な考え方である。
しかしながら、前述のとおり、法5条3号の要件判断については、行政機関の長に裁量権が付与されており、その適否に関する裁判所の審査は、行政庁の第一次的判断権を尊重し、それが合理性を持つものとして許容される限度内のものであるかどうかという観点からされるべきである。このような場合には、行政事件訴訟法30条が適用されるものであるから、上記の原則的な考え方とは異なり、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実については原告が主張立証責任を負担するというべきである。したがって、不開示決定が情報公開法5条3号に該当するとの理由によるものであることが明らかになった場合においては、原告が、被告の判断が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実を主張立証しなければならないというべきである。なお、この点を詳しく述べれば、被告が、抗弁として、当該行政文書に「情報」が記録されていること、及び、当該「情報」が同法5条3号に該当するという点に関する判断について裁量権を行使し、その充足を認めたことを主張立証した場合、原告において、再抗弁として、被告の判断が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実を主張立証しなければならないのである。そして、同法5条3号該当性についての判断につき、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことに関する主張立証については、当該行政文書に同法5条3号に該当すると被告が判断した対象である「情報」が記録されていることについての主張立証を前提としたものであるから、原告が行うことは十分可能である(被告の平成13年9月21日付け準備書面(1)第5、4、26頁〜28頁)。
2 本件不開示決定の適法性
被告は、不開示情報該当性に関する事実の主張・立証責任について、上記のとおり主張したうえで、本件不開示情報の適法性について、以下のように主張する。
(1) 法5条3号該当性
被告は、本件各行政文書に記録されている報償費の支払についての情報が、情報公開法5条3号に該当するかという点について裁量権を行使し、これが公にされることにより、情報収集その他の外交工作が阻害され、適切な外交事務を遂行することができないので、法5条3号に該当すると判断した。
したがって、上記のとおり、原告において、不開示決定の取消しを求めるならば、被告の判断が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを主張立証しなければならない。
なお、付言するに、この情報は、これを公にすると、諸外国、国際機関が有する情報又は一般人が入手できる情報と照合され、さらには分析を加えられることにより、外務省の行う情報収集その他の外交工作の内容、対象、目的及びその協力者ないし工作対象者を推知され得るものであって、その場合、協力者に危害等が加えられることにより、その協力を得られなくなり、今後の外交工作活動が阻害され、ひいては外交事務の適切な遂行が妨げられるおそれがあり、さらには、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがある」とした外務大臣の判断が合理的であることは明らかである(被告の平成13年9月21日付け準備書面(1)第7、2、45頁)。
(2) 法5条6号該当性
本件各行政文書に記録されている報償費の支払についての情報は、公にされることにより、萎縮的効果が外交交渉等の相手方に生じ、あるいは、わが国の情報収集その他の外交工作の態様・手段が明らかになることにより、今後、他国に情報収集その他の外交工作を妨害されるおそれがある。さらには、その結果、外交交渉等の外交事務の前提としての十分な情報を収集し得ず、あるいはわが国の利益のための外交工作が不調に終わることにより、適切な外交事務を遂行できないおそれが高くなるというべきである。それに加え、他国及び国際機関からの信頼をも失うおそれがあり、信頼関係に基づいて行われる外交事務が適正に遂行できなくなるおそれがある。したがって、本件各支払関係文書に記録されている情報は、外務省が行う事務に関する情報であって、公にすることにより、外交事務の性質上、同事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるというべきであるから、これに関する被告の判断が正当なものであることは明らかであり、この点からも本訴請求は失当といわざるを得ない(被告の平成13年9月21日付け準備書面(1)第7、3、46頁)。
3 審査基準との関係
被告は、自ら定めた審査基準との関係について、以下のとおり主張する。
審査基準に記載された不開示とすべき情報の例又は類型例は、開示・不開示の決定に当たり不開示情報に該当する可能性が高いことから慎重に判断する必要があると考えられるものを例示したにすぎず、審査基準で例示した例または類型例に該当しないことによって、記載された類型例に該当しないことをもって直ちにその不開示情報該当性が否定されるものではない。
本件各行政文書に記録された情報は、以下のとおり、法5条3号、6号に該当するものとして例示した例又は類型例に該当する。
法5条3号に関し、審査基準は、そのW.の3.において、「第三号に定める不開示情報に該当する可能性の高い情報の例又は類型例」として(1)から(4)の類型の下に例を挙げている。本件各行政文書に記録されている情報については、この中でいえば、(2)(ト)「その他他国等との信頼関係が損なわれるおそれのある情報」、(3)(ニ)「過去又は現在の交渉に関して執られた措置や対処方針」、(3)(ホ)「その他他国等との交渉上不利益を被るおそれのある情報」、(4)(イ)「外交政策の企画、立案及び実施に付随する情報の収集、伝達、分析等の具体的活動、能力(システム、施設、設備及びそれらの運用、管理等)、手段、情報源等に関する情報」、(4)(ロ)「秘密保全のための具体的活動(警備を含む。)、能力(システム、施設、設備それらの運用、管理等)、手段、計画等に関する情報」などに該当すると判断されるものである。
また、法5条6号については、審査基準は、そのZ.の3.において、「第六号に定める不開示情報に該当する可能性が高い情報の例又は類型例」として(1)から(6)までを列挙している。報償費に係る個別具体的な情報が明らかになれば、情報収集や外交工作などの事務の性質上、報償費をもって実施しているこれらの事務の適正な遂行に支障が生じることはこれまでも準備書面等により主張してきたところである。したがって、報償費に関連する今回の情報については、(3)「公にすることにより、国の機関又は地方公共団体が行う調査研究に係る事務に関し、その公正勝能率的な遂行を不当に阻害するおそれのある情報」の中の「調査の個別具体的な対象に関する情報であって、公にすることにより、正確な事実の把握や事後の協力が困難となるおそれのあるもの」、(6)「公にすることにより、その他事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」などに該当すると判断されるものである(被告の平成14年4月24日付け準備書面(4)第3、5(1)、20頁〜21頁)。
4 本件各行政文書に記録されている情報の類型
被告は、以下のとおり主張している。
外務省の報償費は、次のような事務の遂行、目的の達成のため、その時々の状況に応じて最も相応しいと認められる方法によって機動的な使用がされている。
(ア) 第一に、外交を的確に実施していくための情報の収集に使用されている。重要な情報の収集には信頼関係に裏打ちされた人脈が基礎となり、それを築き維持していくためには不断の努力が必要となる。
(イ) 第二に、外国との外交交渉や日本にとっての外交関係を円滑かつ有利に展開するために使用されている。
(ウ) 第三に、国際会議での議論を我が国にとって有利に進めるため、会議の場や諸外国においてさまざまな関係者に対し働きかけを行うといった努力も当然必要である。
そうであるとすると、本件各行政文書についても、そこに記録された報償費の支出に係る事務の大まかな類型に対応して、3類型に分類することができることとなる(被告の平成14年4月24日付け準備書面(4)第3、5(2)、22頁)。
5 本件各文書の標目、文書作成者名、記載されている外形等の特定
被告は、各行政文書の特定について、わずかに、外務省本省、在外公館の別と予算科目を明らかにしただけにすぎない。
被告は、標目、文書作成者名、決済者名、起案・決済日、支払予定額、支払手続日、取扱者名等、支払額、支払方法の各項目について、これらを明らかにできない理由を、「個々の報償費の使用状況や事務の遂行者又は企画者等が判明することとなり、我が国が行っている情報収集活動、工作活動の方針、意図、動向、その前提とする外交方針等が察知されることになって、そうなれば、外国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ、情報収集その他外交工作活動が阻害されるおそれ、外交儀礼上の問題が生じるおそれ、交渉上の不利益を被るおそれは極めて高く、外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすのは明らかである。」と主張する(以上、被告の平成15年6月17日付け準備書面(7)第1、2〜8、3頁〜8頁)。
 
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第3 被告が負担すべき主張立証責任と主張内容について
1 以上の被告の主張が誤りであることについては、既に、原告が再三指摘してきたとおりであるが、念のため、不開示情報該当性に関する主張立証責任、審査基準との関係、本件不開示決定の違法性等について、以下のとおり簡潔に反論しておく。
 
2 行政文書は原則公開
情報公開法第5条は、行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求された行政文書に「不開示情報」が記録されている場合を除き、開示請求権者に対し、行政文書を開示しなければならないと規定する。この規定は、行政文書の開示が原則であることを明らかにするとともに、行政文書の「不開示」はあくまでも例外であること、「不開示情報」が記録されている場合を除いて、行政機関の長は裁量によって開示しないという対応をとることは許されず、必ず開示しなければならないことを示している。
したがって、情報公開法の定める不開示事由に当たるか否かは、行政機関の長が主張立証責任を負うことになる。
 
3 不開示事由の主張立証責任と立証の対象
(1) 法5条第6号は、不開示事由に関し、「おそれがある情報」または「おそれがあるもの」と規定している。したがって、行政機関の長が、同号に基づいて不開示処分を行うためには、公開請求のあった行政文書に同号の規定する除外事由が存在することを主張立証することになる。
これに対し、法第5条3号は、不開示事由に関し、「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」と規定しているため、同号に関する不開示事由の主張立証責任をどのように解すべきかが問題となる。
(2) この点に関し、被告は、前記のとおり、情報公開法要綱案において「おそれがあると認めるに足りる相当の理由がある情報」とされていた規定が、「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」と改められたことに関し、当該「情報の該当性の判断については行政庁に比較的広範な裁量権が付与されたものと解すべきである」と主張している。
しかしながら、「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」と規定されたのは、外交・防衛分野の不開示情報については、その性質上、開示・不開示の判断に高度の政策判断を伴うこと、対外関係上の専門的・技術的判断を要することなどの特殊性が認められるので、司法審査にあたっては、裁判所は第3号に規定する情報に該当するかどうかについての行政機関の長の第一次的な判断を尊重し、その判断が合理性を持つと判断して許容される限度内のものであるかどうかを審理・判断することとするのが適当と考えられたためである。政府は、国会審議において、「情報公開法案では、要綱案及び要綱案の考え方に示されている趣旨を法律上明確に表現するために、『行政機関の長が』との規定を挿入したものであり、要綱案の内容を何ら変更するものではない」と説明している(甲7号証。第142国会衆議院内閣委員会平成10年5月15日、瀧上審議官)。また、政府は、「この情報公開法の第5条第3号及び第4号の規定に該当する情報であっても、まず行政機関の長は相当の理由の有無についてこの法律の趣旨に沿って適正に判断すべきであり、また、裁判所の司法審査を一切排除するものではなくて、訴訟が提起されれば、裁判所は、行政機関の長の判断が合理性を持つ判断として許容される限度のものであるかどうかを審査することになるので、行政機関の恣意的な運用を許容するものではない」と説明している(甲8号証。第142国会衆議院内閣委員会 平成10年6月4日 瀧上審議官)。
したがって、法5条3号については「行政機関の第一次的な判断権」を尊重することを明らかにしたにすぎず、決して行政庁に広範な裁量権を付与するものではないのである。
(3) さらに、被告は、主張立証責任に関し、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実については原告が主張立証責任を負担するというべきであると主張する。
しかしながら、政府は、主張立証責任に関し、「行政機関の第一次的判断が合理性を有する判断かどうかについては、行政機関が立証し、合理的な理由を有する限度であれば行政機関の判断が尊重されるという仕組みになっている」と説明している(甲10号証。第145国会参議院総務委員会 平成11年3月11日 瀧上行政管理局長)。
したがって、法第5条3号の主張立証責任も、原則どおり被告が主張立証責任を負うが、法5条3号の場合には、行政機関の長は、同号の要件に該当すると判断したことの合理性を主張立証することになる。
 
4 被告が主張立証すべき内容
(1) 審査基準と行政手続法
それでは、行政機関の長は、どのような事実を主張立証すれば、不開示の判断に合理的な理由があったといえるのだろうか。
この点について、外務省は、「行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づく開示決定等に関する審査基準」(乙13号証。以下「審査基準」という。)を定めている。外務省が定めた審査基準は、行政手続法第5条または同法第12条に基づき制定されたものである。
すなわち、行政手続法5条は、行政庁に対し、申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めにしたがって判断するために必要とする基準(審査基準)を定めるよう規定している。また同法12条は、不利益処分をするかどうかまたはどのような不利益処分とするかについてその法令の定めにしたがって判断するために必要とされる基準(処分基準)を定めるよう規定している。これは、行政運営における公正の確保と、行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかになるようにし(透明性)、もって国民の権利利益の保護に資するためである(同法1条1項)。
また、行政手続法8条は、拒否処分の際には当該処分の理由を示さなければならない(理由提示義務)と規定する。これは、行政運営の公正の確保と透明性を図り、国民の権利利益の保護に資するためには、拒否の理由を国民に知らせその不服申し立てに便宜を与えるためである。
(2) 不開示事由の判断方法
したがって、情報公開法第5条3号の規定に基づいて不開示処分をしたことに合理的な理由があったというためには、被告は、少なくとも自ら定めた審査基準に基づいて、開示請求がなされた行政文書ごとに、審査基準のどの事由に該当すると判断して不開示処分としたのか、またそのように判断した理由は何かを具体的に明らかにする必要があるというべきである。このような審査がなされていない限り、被告の判断は、合理的な理由があったとはいえないのである。
裁判所は、行政機関の長の判断について、判断の基礎となった前提事実が実際に存在するか、判断の基礎とされた重要な事実に対する評価が合理性を有するかなどを、関係法令や審査基準、社会通念に照らして審査することになる。そして、行政機関の長の判断において、前提事実が存在しない場合や評価方法が恣意的な場合には、不開示決定を正当化するための主張立証責任が果たされていないのであるから、不開示処分は取り消されるべきである。
 
5 本件は法5条3号に該当しない
(1) まず、審査基準は、法5条3号に審査について、「本号の該当性の判断においては、行政機関の長は、『おそれ』を認定する前提となる事実を認定し、これを不開示情報の要件に当てはめ、これに該当すると認定(評価)することとなる」(乙13号証16頁)とし、「『おそれ』の有無についての判断に当たっては、単なる確率的な可能性ではなく、法的保護に値する蓋然性が求められる。」(乙13号証3頁)としている。このほか、不開示情報の要件の解釈については、平成15年3月25日付原告準備書面(5)の9〜10頁において述べたとおりでありる。
(2) ところが、被告は、外務省の報償費の使用目的に係る事務は、@情報収集等の事務、A外交交渉等の事務、B国際会議への参加等の事務であるから、すべて法5条3号に該当すると主張し(被告準備書面(1)41頁以下、準備書面(4)別表など)、自ら定めた基準さえ無視し、「基準」とは無関係な判断枠組みを持ち出して、法5条3号の要件に該当すると主張するにすぎない。
また、被告は、準備書面(4)の20頁以下で「審査基準との関係」と題して主張を述べているが、その内容は「基準」の中に記載された「不開示情報に該当する可能性の高い情報の例又は類型例」をならべただけである。この「類型例」も、「第三号に掲げる不開示情報に該当する可能性が高いことから開示/不開示の決定に当たっては慎重に審査する必要があると考えられる情報の類型」とされているだけであり、類型例に該当すれば直ちに不開示情報となるものでもない。
さらに、被告は、準備書面(7)において、ようやく当該行政文書がどの部署のものであるか等を明らかにしたが、いまだ各文書の「標目(タイトル)」すら明らかにしようとしない。
(3) 結局のところ、被告は、自ら定めた基準にしたがった判断すら行っていないのであるから、被告の判断に合理的な理由があるとはとうていいえない。
 
6 本件は法5条6号にも該当しない
法5条6号の事由に該当するか否かは、原則どおり、不開示処分を行った被告が主張立証責任を負う。
被告は、本件不開示とした情報は、5条6号の、@「公にすることにより、国の機関又は地方公共団体が行う調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれのある情報」、A「公にすることにより、その他事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」に該当するとも主張する(準備書面(4)21頁)。しかし、不開示情報の要件の解釈については、平成15年3月25日付原告準備書面(5)の11〜13頁において述べたとおりであり、原告が開示請求をした行政文書が、法5条6号の要件にあてはまらないことは明白である。
そうすると、被告が法5条6号により不開示処分としたのは違法であるから、本件不開示処分は取り消されるべきである。
 
7 本件各文書の標目、文書作成者名、記載されている外形等の特定について
被告は、わずかに、外務省本省、在外公館の別と予算科目を明らかにしただけで、文書の標目、文書作成者名、決済者名、起案・決済日、支払予定額、支払手続日、取扱者名等、支払額、支払方法の各項目については、一切明らかにできないと主張している。
しかしながら、これらの各項目等について、被告が、明らかにできない理由を具体的に説明すべく、想定事例に基づき主張した内容について(被告の15年1月30日付け準備書面(6))、原告が15年3月25日付け準備書面(5)で反論したところからも明らかなとおり、これらの外形的事実を特定できないことの具体的な主張は尽くされているとは到底いえない。
また、被告は、15年6月17日付け準備書面(7)で、文書作成者名等の各項目について、特定できない理由を縷々主張しているが、その主張内容は、前記想定事例を前提とした説明と同様、到底、飛び移ることのできない石を次々と飛び移って、不開示事由である「信頼関係が損なわれるおそれ」、「交渉上不利益を被るおそれ」、「外務事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」があると文字を並べているのみであって、その主張責任を果たしているとは、言い得ないものである。
例えば、「文書作成者名」については、以下のとおりの主張である。
「文書作成者は、通常、情報収集ないし工作活動の対象分野の対象者」(ゴチックは原告代理人による。以下同じ。)
→ 作成者を開示すれば「氏若しくは氏名が明らか(となる)」
→ 「ひいては報償費を使用して行う情報収集や外交工作活動に係る事務の遂行者又は企画者個人の特定が可能となる」
→ 「そうすると、その担当事務から、・・・情報収集活動、工作活動の方針、意図、動向、その前提とする外交方針等が察知される」
→ 「そうなれば、外国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ、情報収集その他の外交工作活動が阻害されるおそれ、外交儀礼上の問題が生じるおそれ、交渉上の不利益を被るおそれは極めて高く、外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすのは明らかである。」
そして、氏名を明かさず職名のみを明らかにしたとしても、「職名から担当事務を推知し得る」から、上記と「同様の理由で、外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすこととなる」というのである。
以上の、「文書作成者名」を出発点として、「おそれ」が生じることとなるという説明過程については、到底、納得できるような内容になっていないことについては、もはや説明は要しない。
被告による、他の項目についての特定不可能との説明内容も、上記と同様の内容であって、到底、その主張責任すら、果たしたものとは言えないことは、明々白々である。
 
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第4 あまたの機密費流用、着服・目的外使用
1 被告の主張とは裏腹に、外務省では、内閣府へ巨額の機密費が上納され、会計検査院が指摘したように大使行使の就任レセプション費用等定型化し、かつ秘密を要しない用途にも巨額の報償費が使われている。そして、本省内では長期にわたって不正に溜め込んだ「プール金」も発覚した。この原資のかなりの部分は報償費だと推認できる。本省内、在外公館での着服や不正使用の原資も報償費の疑いが強い。
2 外務省機密費の最大の不明朗金は「上納機密費」
(1) 「古川文書」で明らかに
ア 外務省報償費の中に、内閣への「上納機密費」が含まれていることは、今や国民の常識となっている。1980年代から近年までその額は、年間15億円から20億円であると報じられている。この事実を明白にしたのは、平成13年2月に共産党が公表した「古川文書」である。そして、同年3月には毎日新聞が、複数の外務、財務両省関係者の証言を得て「上納機密費」の存在と支出手続が明白になった、と報じた。
イ 古川文書によれば、昭和58年度から平成元年度までの内閣報償費の「内閣分」と「外務省分」の内訳は次の通りである。
 内閣分外務省分合 計
   (単位百万円)
昭和58年度1,1801,4782,658
昭和59年度1,1801,4782,658
昭和60年度1,1801,5772,757
昭和61年度1,1801,5772,757
昭和62年度1,1801,5772,757
昭和63年度1,2781,9773,257
平成元年度1,2971,9973,294











ウ このような数字と共に、古川文書には「官房長官が取り扱う報償費(機密費)は、予算上、内閣官房と外務省に計上されており、形式的には外務省計上分を内閣官房に交付する形をとっている」と説明されている。この「古川文書」は、平成元年5月当時、主席内閣参事官であった古川貞二郎氏が、竹下内閣から宇野内閣への交代に際して、引継書として作成されたものと報じられている。「古川文書」に用いられた用箋は、「内閣」と印刷された便箋3枚である。
(2) 支出決議書の「債主」欄には「内閣官房長官」
ア そして、平成13年3月5日の毎日新聞朝刊は、前記外務省の上納金の予算作成上の手続と支出手続の双方について、「機密費の上納をめぐる現金と小切手の流れ」を報じている。
この報道によれば、上納制度ができたのは「日韓条約交渉のため多額の工作資金を必要とした1960年代初めから」とされている。そして、「外交機密費のうち、予算編成段階で官邸への上納分と残りの実質的な外務省分の内訳が決まり、外務省では年度初めに四半期ごとに均等割りした支出計画書を作っていた」という。
イ ついで、外務省における「上納機密費」の支出手続きであるが、「月に1,2回、総理府会計課の担当者が外務省会計課審査室に機密費の『支出依頼書』を届け、同課出納室が政府小切手を発行、再び審査室を通じて総理府会計課職員に小切手を渡す、という流れで上納手続きが行われていた。その際、外務省で作る支出決議書の『債主(支出先)』欄には『内閣官房長官』と記されていた」という。
こうした内閣官房からの請求に対して、外務省側は、外務省本省分と在外公館分の「両方からバランス良く出すために通常2枚の小切手を切り、合計で要請に見合う額にしていた。一枚当たりの小切手の額面は5000万円が中心だった。また同省内では上納のたびに審査室長→会計課長→官房長→事務次官の順で決裁書が回っていた」という。
ウ 毎日新聞によれば、こうして官邸に流れ込んだ巨額の上納金は、予算書には一切登場しない裏の官房機密費として与党の選挙資金などに充当されていた可能性がある、としている。
ともかく、巨額の税金が本来の外務省報償費の定める使途とは全く無縁の使い道に消えているのである。原告が報償費の支出決裁文書の情報開示を求めている時期は、平成11年度分であるが、この時期にも、前述のような上納機密費が存在したことは明白であり、このような支出決済文書であるならば、被告が法5条3号該当の情報として不開示とすることは許されないものである。
 
3 会計検査院も報償費の不適正執行を指摘
(1) 会計検査院の指摘
ア 会計検査院は、外務省の報償費の執行について調査を行い、平成13年9月27日、会計検査院法第34条に基づく是正改善の措置と、同法36条の規定に基づく改善の措置を要求した(同日付で「報償費の執行について」と題する文書を公表)。
イ 会計検査院は、この「措置要求」において、外務省に対し報償費の本来的な使途に相応しくない使われ方がなされていることを指摘している。以下、会計検査院の調査結果に基づいて、「報償費」の使途を点検する。
ウ 会計検査院の調査対象は、外務省本省と在ベトナム日本国大使館外12箇所であるとされている。平成8年度から12年度までを調査したが、その中心は12年度であるとされている。
エ 上記「報償費の執行について」(甲第11号証)では、外務省の報償費の経理処理について、「支払が翌年度の予算から行われているもの」、「支出に関する決済が事前になされていないもの」、「書類の不備等により確認が十分できないもの」、「監査が十分に行われていないもの」などがあると指摘した上、報償費の使途について、次のように認定している。
「報償費は、想定しがたい突発的な事態が生じ得る外交においては、特に柔軟な対応が求められることから、機動的な執行が可能な経費として配賦されている。しかし、12年度に報償費で支出されたものの中には、定型化、定例化するなどしてきており、当面の任務と状況に応じ機動的に使用するとの報償費の趣旨からすると、報償費ではなく庁費等の他の費目で支出するよう改善する必要がある経費(国内又は海外で開催される大規模レセプション経費6131万円、酒類購入経費1536万余円、本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費1083万余円、在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費4720万余円、文化啓発用の日本画等購入経費7233万余円)が含まれていた」(8〜9頁)と指摘している。結局、会計検査院が指摘した改善を要すべき不当処理されていた金額は、2億703万円にも上っている。
(2) 情報収集等のために使用されていない報償費の存在
ア 会計検査院の調査は外務省の全庁調査ではないから、全在外公館において、報償費が同様な処理をされていたとは、直ちには断定できない。しかし、同院が改善措置を求めた報償費の執行は、外務省内では何らの疑問も持たれてこなかったものであり、かつ、同院が改善を求めたのは調査対象部署だけでなく、全省に対してのことであるから、この報償費の不当な執行は、外務省内でひろく行われていたものと理解してよかろう。
イ 会計検査院が指摘した、@国内又は海外で開催される大規模レセプション経費、A酒類購入経費、B本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費、C在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費、D文化啓発用の日本画等購入経費などが、外務省における業務遂行上の必要経費であろうことに、原告は格別の異論をはさむものではない(程度問題は別とするが)。しかし、これらの経費は、支出の形態においては「国が、国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」(被告第1準備書面41頁)には当たらないこと明白であり、また、「情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するため使用する」直接的な経費ではないことも明らかである。会計検査院が指摘した前記の経費は、形式面においても、実質面においても、「報償費」としての性格を有しない支出なのである。
ウ 会計検査院は、「本院が要求する是正改善及び改善の措置」として、「報償費の使途について見直しを行い、庁費等の他の費目から支出するよう改善する必要がある経費については他の費目での予算措置を講ずるなどし、今後は報償費として真に支出する必要があるものに使用していくこと」(10頁)を求めた。会計検査院は、外務省の報償費が本来の趣旨に使用されていないことを指摘し、その改善を求めたのである。
 
4 職員による機密費の着服・流用
(1) 小林課長補佐の公金着服
平成13年7月16日、外務省経済局総務参事官室の小林祐武課長補佐外1名が詐欺容疑で逮捕された。同小林とその部下は、平成12年7月に開催された九州・沖縄サミットの準備事務局に勤務していた同年1月から7月にかけて、同事務局が都内などで借り上げたハイヤー代の水増し請求をタクシー業者らにもちかけ、その水増し分を着服した(罪名は詐欺罪)というものである。サミット事務局がハイヤー業者に対して実際に支払った金額は約900万円で、水増し・着服代金額は1300万円というものである。このうち、約1100万円はタクシー・クーポン券やハイウエイカードなどで受け取り、小林らはこれを金券ショップで現金化したりして、生活費や遊興費に充てたとされるが、タクシークーポン券は、外務省の同僚らにも使わせていた。
(2) 浅川課長補佐の公金着服
9月6日、欧州局西欧第1課浅川明男課長補佐が、同じく詐欺容疑で逮捕された。ホテル代の水増し請求による着服である。浅川の公金詐取は、平成7年に開催されたアジア太平洋経済協力会議大阪会議に絡むもので、ニューオータニの営業幹部らと共謀して閣僚会議のための使用料や外国要人の宿泊料等を水増し請求させて公金4億2300万円を詐取したとするものであるが、水増し請求額は約7000万円、うち浅川が個人的に流用したのは金4300万円とされる。この4300万円の中には、ホテル側の営業幹部の着服分を含むが、浅川の着服分のおこぼれに預かった幹部には、外務省の局長、参事官、課長級のキャリア幹部、浅川の部下のノンキャリア職員20名前後の者がいたと報道されている。「淺川がだまし取った公金で、局長らキャリア幹部を含めた多くの職員が宿泊・飲食を繰り返していたほか、100名以上の職員を集めた打ち上げパーテイを開くなどしていた」(歳川隆雄著「外務省の権力構造」35頁)。浅川の詐取・着服分には、明らかに機密費を原資とするものが含まれている。
 
5 外務省本省の組織的「うら金作り」―公表された「プール金調査報告書」から
(1) 20年にわたる全庁での組織的な「うら金作り」
ア 田中外務大臣は、平成13年11月30日、「『プール金』問題に関する調査結果報告書」(甲第15号証)を公表した。元要人外国訪問支援室長による機密費詐取事件での起訴に続いて、前述のハイヤー料金水増し着服事件(平成13年8月 起訴)、同ホテル宿泊代金水増し着服事件(同年9月 起訴)が、各部局の予算執行の中で取引先にいわゆる「プール金」を設け、これを不正に着服する手口であったことから、外務省も重い腰を上げて全庁調査を行うに至ったのである。調査対象とした期間は、平成7年4月1日から同13年7月末日まで、調査対象企業は、ホテル、ハイヤー、事務機器、旅行代理店及び百貨店など31社であったとされている。
イ この報告書によれば、「『プール金』は、外務省が経費を支出する各種行事(外国の賓客やその他要人の招聘、国際会議、レセプション等)の一部において、外務省から取引先に実績を上回る支払がなされた結果生じたものであり、これを諸外国要人の本邦における接遇に関連して生じた経費(ホテルにおける連絡室の設置等)、諸行事に際しての弁当代など職務に関連した経費の他、職員間の懇親の経費等に充てていたものである。職務に関連した経費と職員間の懇親のための経費の割合は、概ね半々であった。」(1頁) 「外務省が費消した『プール金』として、約1億6000万円という額を算出するに至った」うえ、「現時点においてホテル等に合計約4240万円の残高が計上されていることが判明した」(前同)というものである。
プール金を有していた課・室は、全課・室119のうち、71課・室である。これらの課・室が計12社の取引先企業に『プール金』を有し、「外務省省員が職務に関連して又は職員間の懇親のための経費として使用した」というものである(田中外務大臣の記者会見での説明)。
ウ 田中外務大臣のその際の説明によれば、こうした省内の不正慣行は20年以上も前から行われていたという。そして、この時のことではないが、野上事務次官も、淺川明男課長補佐の処分発表の際には、「昔からこうした慣行はあった」と、水増し請求が昔から恒常的に行われていたことを認める発言をしている。
(2) 不正経理された費目・科目
外務省の「プール金」としてのうら金の合計額は、前述のとおり、2億240万円に上った。この「プール金」が省内のどの科目・費目から捻出されたものかは公表されていないが、「プール金は、外務省が経費を支出する各種行事(外国の賓客やその他要人の招聘、国際会議、レセプション等)の一部において、外務省から取引先に実績を上回る支払がなされた結果生じたもの」というのであるから、報償費の執行の過程で取引先に水増し請求をさせていたものがあったことは疑いない。報償費も職員らの食い物にされていたのである。いやむしろ、会計検査院が指摘したように、報償費には特別扱いが認められていたことからすれば、報償費こそ「プール金」の原資であったと見る方が正しいであろう。
 
6 在外公館での不祥事
(1) 田中外務大臣の下で、在外公館での不祥事もその幾つかが公表され、職員らの処分も行われた。多くは、それまで隠しつづけていた公使、職員等の公金の着服や不正使用の事実が、改めてマスコミ等で取り上げられ、公表となったものである。外務省の隠蔽体質が、ここにも表われている。平成13年に報道されたものには、次のようなものがあった。
@ 7月26日、水谷周・アメリカ デンバー総領事。機密費・公費流用問題で懲戒免職処分。総領事に着任した平成11年から同12年にかけて、公邸修繕費として受け取った公費約2500万円のうち、約900万円を絵画や家具など資材の購入費に流用し、また、機密費を流用して家族の食費に充てるなどしていた。
A 8月13日、在パラオ大使館の会計担当だった宮崎文美義前理事官の停職処分。平成11年2月に着任後、機密費や公金を納めた大使館の金庫から計約150万円を私的に流用した。
B 8月24日、在ケニヤ大使館の荒川吉彦前公使を懲戒減給処分、ほかに書記官ら2名を懲戒戒告など。荒川は平成9年から同12年までの公使時代に、住居手当の対象にならない家具のリース料計163万円ほか、計約223万円を不正受給したなど。
(2) このほか、マスコミ報道では、在キューバ大使であったK氏は、在任中(平成2年当時)、退職後にキューバでレストランを経営するため、高級家具や電化製品の購入に機密費を含めた公費約3000万円を流用した。そして、在オーストラリア大使館で平成5年に発生したとされるもので、当時の会計担当者が、大使館の積立金から2百数十万円を引き出して乗用車の購入費等に充てていた、などの報道がある。
(3) 「外務省の権力構造」の著者・歳川隆雄氏は、同書で外務省不祥事を拾い上げた後、「これらの犯罪的な不祥事は、各地の在外公館が公金流用・着服という不正と腐敗に汚染されている実態を物語るものであり、しかもその不正の当事者はキャリア官僚の高官トップから若手ノンキャリアにまで及んでいるのだ」と指摘している。
なお、右に挙げたような在外公館の不祥事は、外務省退職者らの手記には、日常茶飯の出来事として語られている。
 
7 便宜供与のための費用
(1) 不正支出ではないが、国会議員や霞ヶ関官僚が外国訪問した際の便宜供与、特に酒食のもてなしの経費は、報償費から支出されていた。
(2) この点も、原告第3準備書面で指摘したが、外務省大臣官房総務課がまとめた「平成11年便宜供与件数統計表」によれば、平成11年(暦年)に在外公館で提供された便宜供与の総件数は33,229件で、うち食事の供与回数は14,303回であった。これらの支出の多くは報償費から支出されているはずである。被告は、便宜供与費が報償費から支出されているとの原告の主張に対して、周り道をしながら多くの字数を使い、限りなく否認の態度を示したが、結局、「積極否認」はできなかった(被告第2準備書面。同準備書面に対する原告の反論は、原告第2準備書面参照)。
(3) 平成14年8月発刊の共同通信記者・小黒純氏の「病める外務省」で外務省の内部文書である「在外公館経理と公館長、出納官吏の心得」の存在が明らかにされた。そして、1999年10月11日付けで在タイ大使館が作成した「南東・南西アジア会計担当官会議議事録」の存在も明らかになった。それらによれば、右「心得」の機密費の取扱い要領の項目に「要人外交推進工作費」という項目(かっては、「国会議員工作費」であった)があり、在外公館を訪れる国会議員の接待費が機密費から支出されていることが明らかになった。これらの経費は、情報収集や外交工作事務遂行のための直接の経費でないことは明らかである。
(4) 観光案内の便宜供与は各地で盛んである。朝日新聞編集委員である田岡俊次氏によれば、「出先の公館は日本からの視察者、出張者の接遇に忙殺され、情報収集がおろそかになる、という問題が以前から指摘されてきた。観光地としても名高い某国首都の大使館に在勤中、『案内のため同じ場所に30回以上行った』という外交官もいるくらいだから、情報公開でこれが抑制されれば、外交官には『福音』となる部分もあるかもしれない」としているくらいである(田岡「情報公開が防衛と外交にもたらす影響」 講座「情報公開」所収487頁)。原告らが、外務省に対する情報公開請求で得た資料の中にも、元外務大臣クラスと思われる国会議員のゴールデンウイークを利用した欧州訪問での便宜供与の対応が登場する。同議員側からの一方的な現地での要人表敬訪問希望に現地職員が困惑しながら対応している様子や議員の家族のためのパリお買い物案内などが公電でやり取りされている。
おそらく、平成14年度の4割削減では、この種の経費が対象となったものと推測される。
 
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第5 報償費の目的外的使用は明らかである
外務省の報償費の使途は、上述のとおり、大半が本来の使途である情報収集や外交活動のためのものではなく、内閣への違法な上納金であったり、秘密保持に関係のない活動での支出であったり、目的外使用や不正使用にわたるものであり、法5条3号や6号該当性のない支出である。
1 平成14年度では機密費40%削減
(1) 会計検査院の調査によって報償費の不適切な使用が明らかにされるに及び、外務省も平成14年度の予算要求では、報償費の費目振替と節減を打ち出さざるを得なかった。同13年度の報償費予算額(本省と在外公館で55億6600万円)に比して、次のように40%相当額が減額された。
 本省報償費在外公館
報償費
外務省計(単位 百万円)
13年度1,9163,6505,566
14年度1,1502,1903,340(4割減)





(2) 平成13年12月21日付けで公表された「外務省改革の現状」(同省ホームページ)によれば、「平成14年度概算要求において、予算執行の整理の観点から内容を精査し、近年定型化・定例化しているものについては、可能な場合には報償費以外の科目で具体的な事項を立て、他の経費と併せて新たに積算の上で計上。更に、効率化・節約を図った。その結果、2001年度(約55.7億円)から約40%減額して33.4億円を計上」とされている。
(3) 当時の新聞報道によると、この減額(22億3千万円)のうち、首相や外相、国会議員の外国訪問の際の便宜供与に使っていた8億円と各種レセプション経費6億円の合計約14億円は交際費への振替で処理し、約8億円が「節約」であるという(日経新聞13.9.2朝刊ほか)。これによれば、減額40%のうち、25%相当額が費目の振り替え、15%相当額が「節約」ということになる。
(4) 従前の報償費の多くは、本来の報償費の使途とは、別のところに使われていた。だからこそ、一挙に40%もの報償費削減となったのである。被告が主張するように、これまで行政庁としての外務省とその構成員たる職員らが、被告の主張するごとく、その建前のとおりに、全身全霊で情報収集や外交活動を行い、報償費を合規的に使用してきたのであれば、こうしたペナルテイがかかった大幅削減はありえないことである。新聞等報道に接する多くの国民(ただし外務省職員をのぞく)は、報償費が被告主張のように使われてきたとは信じていないのである。そう信ずるに足りる事情は、外務省から何一つ示されていないのである。
 
2 被告の判断に「相当の理由」は存在しない
以上のところから、被告が主張する報償費の使われ方は、報償費のごく一部に過ぎない。文書の開示・不開示は、各文書ごとに決定されるべきであるところ、1069件の多くは、被告主張のようには使われていないことが推認できるのであって、この原告の反論を、再抗弁とみるとしても、この再抗弁は立証されており、被告が主張する「相当の理由」は消滅しているのである。被告が報償費の使途を恥じも外聞もなく屁理屈をこねて秘匿するのは、外国から外交方針を探られることを防ぐためなどではなく、報償費を建前とはおよそ違った目的に使用していた事実、さらに言えば、そうした使用で仕事が済んでいた事実、自らの無能を日本国民に知られることを防ぐためなのである。行政庁の恣意を防ぐという法5条各号の判断枠組みに照らして被告の不開示判断を審査するならば、これに実質的に適合するに十分な「相当の理由」を具備しないことは明白である。被告・外務省は、ここでも法5条各号の不正使用をしているのである。
 
3 不開示情報該当性に対する原告の反論は成功している
以上に挙げた報償費の不正使用、不当流用の事例は、支出や決裁の日時の特定ができていない。したがって、これらの事例が原告の請求対象文書に含まれるものか否かについては不明である。しかし、国内から在外公館への訪問者の接待など少なくない件数が存在するから、上記の事例が請求対象文書に含まれている可能性は低くない。こうした事実が立証されている以上、被告が主張する挙証責任の配分論からしても、被告は再々抗弁として、報償費の不正使用、不当流用の事実についての個別の反論、反証を行うべきであろう。
ところで、被告は、自らの不開示情報該当性についての挙証は、次のような程度でよいとしている。すなわち、「不開示決定取消訴訟においては、当該不開示決定に係る行政文書に記録された具体的な情報の内容が明らかにされてはならないだけでなく、それが公にされた場合に生じる支障の蓋然性は、それ自体が証拠に基づいて直接具体的に証明される必要はない。」(33頁)というのである。
そうであれば、原告の反証、すなわち「相当の理由」を突き崩す反証も、また同程度でよいことになる。多額の報償費の不正使用と流用は、全面不開示の判断の「相当な理由」を十分に崩壊させているはずである。
 
4 成り立たない機密費の「全面不開示」
今日、外務省から内閣官房へ「上納機密費」の支払いがなされていることは、国民的な常識である。これらの支出は本省の官房と在外公館からの「機密費」からなされているという。
前出の「変える会」の第1回会議での委員の発言中にも、「10の改革の中に『機密費とプール金問題』が入ってない。国民は『議員の関与』と並んで関心を持っている分野だから、もし取り上げない、取り上げられないのであれば、その理由をきちんと説明すべきだ」というものがあった。改革の第一歩は、過去の不正を審らかにすることから始められなければならない。
そして、会計検査院の調査によって、本省並びに在外公館において本来の報償費の趣旨にそぐわない経費、すなわち、@国内又は海外で開催される大規模レセプション経費、A酒類購入経費、B本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費、C在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費、D文化啓発用の日本画等購入経費などが、報償費から大量に支出されていた事実が動かぬものとなった。
また、外務省自身の「プール金調査」で、省ぐるみの報償費の不適正執行や公金詐取の犯罪が公になるに至った。こうした犯罪的な慣行が古くから行われてきたことは、田中外務大臣も、野上事務次官も認めるところとなった。外務省も、世論の厳しい批判に堪えられず反省を示して幹部職員が「プール金」の弁済を行うと共に、平成14年度の予算では報償費を40%カットするに至った。
これらの事実は、少なくとも被告が、外務省の従前の報償費が不適正にあるいは目的外に使用していたことを自認したものである。そうであれば、報償費の支出会計書類を全面不開示とする理由は、どこにも見当たらないはずである。
 
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第6 本準備書面の締めくくりに
本書面の締めくくりに、松井茂記教授の警鐘をここに掲記しよう。
「いかに行政機関の判断を尊重すべきだといっても、行政機関の判断をうのみにしてしまっては、情報公開制度は骨抜きになってしまう。この例外事由についても、非公開とされた情報が本号に該当するかどうかを最終的に決定するのは裁判所だということを明記すべきだろう」と(「情報公開法」254頁)。
わが国の裁判所が、治外法権を主張するがごとき、被告の無法・無体を許すことがあれば、松井教授が警告するように、わが国の情報公開制度が死に体に陥るだけでなく、司法が無法な行政府とりわけ被告・外務省の僕と化したとの評価さえ浴びせられよう。外務省の既に空虚な権威を護るに司法府の権威があがなわれてはならない。本件文書の開示によって、外務省が大切にしてきた従来の機能が低下したとしても国益の損失はほとんどないだろうが、裁判所が国民の信を失えば、それこそが回復しがたい国の損失となる。いまこそ、司法府の知性の光、法の明かりで外務省の暗愚をさとし、国民への説明責任を尽くさせるべきである。過去の不明を潔く明らかにしてこそ、外務省の再生の道もあるはずである。その時期がまもなく到来することを原告は期待している。
以上
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