ア |
法5条各号該当性の判断構造
|
|
(ア) |
情報公開法は、同法5条で「行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。」として行政文書の開示義務を定め、同条各号において、それに対する除外事由(開示義務不発生及び開示禁止の事由)としての不開示情報を列記している。ここで、同条の規定の構造を検討すると、不開示情報としては、同条1、2、5、6号においては、ある事項「に関する情報(事項的な要素)であって、情報を「公にすることにより」、ある支障が生じる「おそれがあるもの(ただし、1号前段に関しては『特定の個人を識別することができるもの』とする。)」(定性的な要素)を不開示情報と定めているほか、同条3、4号においては、ある支障が生じる「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」という規定とし、定性的な要素のみを掲げている。
|
(イ) |
このような規定の構造からみると、不開示事由の存否の判断に関しては、事項的な要素の判断と定性的な要素の判断という2種類の判断があるが(同法3号、4号に関しては定性的な要素の判断のみであるが、他の号に関しては事項的な要素と定性的な要素の2段階の判断となる。)、そのいずれの判断も、情報の属性の判定という性格を有することはいうまでもない。
これを定性的な要素の判断に即していうと、その判断は、情報を公にすることによる各号所定の支障のおそれの有無の判断(ただし、1号前段に関しては、特定の個人を識別できるか否かの判断となる。)であるから、そこにいう「公にされる」情報とは。上記支障のおそれの有無に関する評価を行う対象であって、評価以前の事実としての情報にほかならない。
また、このような条文の構造を離れても、そもそも法律上の判断は、その対象となる事実を特定した上でその事実に対する法律的評価を行うという過程によって初めて行うことが可能となるものであって、不開示情報該当性を判断するに当たっても、その判断対象を確定しないうちからその判断そのものを進めるなどということは、背理であり、論理的にも不可能なことというべきである。
|
|
イ |
不開示事由を離れた「情報」の用語法
|
|
情報公開法は、以下に見るとおり、13条(「第三者に関する情報」)、6条などにおいては、不開示事由を離れて、「情報」を規定の要素としている。このことからは、法が、情報の概念を不開示事由の規定から独立したものと位置づける立法政策を採用していることが看取される。このような立法においては、情報の単位は、不開示事由の存否とは独立に、これに先だって判定されるべきことであるのが明らかであるといえよう。
|
|
(ア) |
法6条1項は、「行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合において、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるとき」に部分開示を義務付けるものであるが、その規定上、当該行政文書に、不開示情報以外にも情報(開示情報)が記録されていることを前提としていることは、明らかである。すなわち、「情報公開法要綱案の考え方」(行政改革委員会 平成8年12月16日付け「情報公開法制の確立に関する意見」 総務省行政管理局編・詳解情報公開法465ページ)は、同項に基づく部分開示義務を創設した理由について、「開示請求の対象は行政文書であるが、1つの行政文書に様々な情報が記録されており、開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されているといっても、それが一部分にとどまることがあり得る」(三(3))と述べ、総務省行政管理局編・詳解情報公開法では、このような理由を踏まえ、「開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合」とは、「一件の行政文書に複数の情報が記録されている場合に、各情報ごとに、第5条各号に規定する不開示情報に該当するかどうかを審査した結果、不開示情報に該当する情報がある場合」の部分開示義務を定めた趣旨である旨を解説している(同書84ページ)。
これらの説明によると、法6条1項は開示請求に係る行政文書に複数の情報が記録されている場合における部分開示義務を定めた規定であること、同項の適用に当たっては複数の情報のそれぞれに対し不開示情報該当性の判断を行うべきことが明らかであって、情報の把握が、法5条各号にいう不開示情報に該当するか否かの判断の前提となることを予定しているというべきである。
|
(イ) |
また、法5条1号前段は、不開示情報として「個人に関する情報(中略)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」と規定するところ、この規定は、個人識別性に要保護性を見出して不開示事由としたものであるが、文理上明らかなように、問題となる情報から、それに含まれる氏名、生年月日その他の記述等(これにより特定の個人を識別することができるようになる記述等)を除いたその余の部分も、(他の情報との照合によるまでもなく)一つの不開示情報を構成することを前提としたものと解される。このことは、法6条2項が、法5条1号の情報が記録されている場合に、その中から特定の個人を識別することができることとなる記述部分を特に除く部分開示を可能としていることからも裏付けられる。仮に、法が不開示事由ごとに情報の範囲が決まるとの立場によっているのであれば、これにより特定の個人を識別することができるようになる氏名、生年月日その他の記述等だけで不開示情報(個人識別情報)を構成するとし、これのみを同号前段の例示として掲げるべきところである。しかるに、情報公開法は、このような立法をしなかったのであるから、個人識別性のある範囲の情報というように、不開示事由ごとに情報の単位を決めるという制度を予定していないことは疑いがない。
|
(ウ) |
そのほか、法13条は、第三者に対する意見書提出の機会の付与等に関して規定するが、この規定もまた、不開示事由の判断とは別に、それに先立って、情報の同一性、範囲等を把握することができることを前提にしていることが明らかである。
|
(エ) |
このように、情報公開法は、不開示事由を離れた概念として「情報」の語を用いた規定を置いているところ、「情報」というような法適用上の基礎的な概念につきその意味内容を各個の条文に応じ相対的に解釈すべきことを示唆する規定上の根拠も見当たらず、かえって統一的に解すべきことは既述のとおりである。したがって、法の解釈としては、「情報」の同一性、範囲は、不開示事由の判断とは別に、これに先行して判定すべきものであると理解するのが正当である。
|
|
ウ |
最高裁判所判例の検討
|
|
地方公共団体の情報公開条例の非公開事由の判断と情報の単位の判定との関係につき、最高裁判所も同趣旨の判断手法を採用している。すなわち、初期の判例である大阪府知事交際費訴訟差戻前上告審判決(最高裁平成6年1月27日第一小法廷判決・民集48巻1号53ページ)(注3)及び大阪府水道部懇談会会議費訴訟判決(最高裁平成6年2月8日第一小法廷判決・民集48巻2号255ページ)(注4)において、まず情報をとらえた上で、当該情報に非公開事由があるか否かを論ずるという論理構成を示していた。さらに、大坂府知事交際費訴訟差戻後上告審判決(最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決・判例時報1749号25ページ)(注5)は同様の論理構成、判断構造を一層明らかにして、「本件文書に記録された昭和60年1月ないし3月の支出に係る本件交際費に関する情報のそれぞれについて、(中略)これらが本件条例8条4号、5号、9条1号に該当するか否かを判断する。」と判示した上、実際にも「交際事務に関する情報であって交際の相手方が識別され得るものが記録されている公文書についていえば、当該情報が本件条例8条4号、5号又は9条1号に該当する場合においては、実施機関は、当該情報のうち交際の相手方の氏名等交際の相手方を識別することができることとなる記述等の部分(中略)を除いた部分を公開しなければならない義務を負うものではな」いと判示している。この判決は、まず特定の情報(すなわち、知事の交際という事柄についての知らせ)を把握した上で。当該情報の中に交際の相手方を識別可能とする部分が含まれることを認定するという論法をとっていることからして、同判決は、「情報」は、不開示事由存否の判断とは別個に、これに先行して決定されるものであることを前提としていると解される。
これとは逆に、そもそも不開示事由の判断と一体となって情報の単位が決まり、したがってその範囲は肯定される不開示事由ごとに異なるという立場を採り、交際の相手方を識別することができる記述等が不開示情報となるとすれば、その識別ができない記述等は、上記の交際の相手方を識別することができる記述等によって構成される情報(不開示情報)に含まれないこととなる。この場合は、その一個の不開示情報は、交際の相手方を識別することができる部分だけで構成されていることを意味するから、これについて法6条2項で定められているような一個の情報の一部分の開示の問題は生じ得ないはずである(他の情報との関係において、複数の情報のうちの一部のものの開示の問題が生じ得るにすぎない。)。しかるところ、前掲最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決は、一個の不開示情報の中における部分開示の要否について取り上げ、行政庁がそのような部分開示の義務を負うとする上告理由を排斥しているのであって、この点もまた、判例が不開示事由ごとに情報の単位が決まるのではなく、不開示事由存否の判断以前の段階において、情報の同一性、範囲等が判定されるものであるとの考えを堅持していることの証左といえる。
京都府知事交際費訴訟判決(最高裁平成13年5月29日第三小法廷判決・裁判所時報1292号1ページ)(注6)も。前掲最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決と同様の理論によるものとみられる。
|