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第一に、情報公開訴訟においては、請求の趣旨に係る行政文書に法5条各号に該当する情報が記録されているかという点について、当該行政文書に記載された個別具体的な文言を明らかにすることなく、そこにいかなる性質、種類の情報が記録されているかという一般的抽象的な観点による審理、判断とならざるを得ない。
すなわち、情報公開法5条各号の不開示情報の規定に該当する場合、単に不開示とすることができるだけなのか、それとも開示が禁止されるのかについては、同条自体からは明確ではないが、同法7条が、公益上の裁量的な開示を特に許容したことに照らすと、同法5条自体は不開示情報の開示を禁止しており、同法7条の適用によりその禁止が解除されるという構造であることが明らかである。そして、このような構造が採用されたのは、不開示情報は開示されないことの利益を保護する必要があるものであるから、本来開示することは許されず、例外的に、高度の行政判断として開示することの公益が不開示にすることの利益に優越する場合に、行政機関の長の判断による裁量的開示が認められるべきである(7条)と考えられたためとされている(「情報公開開法要綱案の考え方」三(2)、前掲詳解情報公開法475ページ)。したがって、情報公開法は、不開示情報については開示を禁止しているというべきである。そうすると、情報公開訴訟においては、不開示決定に係る行政文書に記録された不開示情報をそれ自体として明かすことは禁じられているので、それ自体を明らかにしないまま、これを公にした場合に生ずる支障を主張立証することが求められていることとなる。
しかも、裁判所が不開示決定に係る行政文書を見分するインカメラ審理の制度は採用されていないから、法は、不開示決定取消訴訟においては当該不開示決定に係る行政文書における具体的な記載内容から離れ、当該行政文書ないし当該情報の類型的な特質に着目した主張立証がされ、裁判所も、それに基づき、後述のとおり、当該行政文書にある個別具体的な記載内容そのものから離れた、一般的抽象的な判断として不開示情報該当性を判断すべきことを想定しているものと解される。
したがって、不開示決定取消訴訟には、被告の主張に係る不開示情報を公にすることによりどのような支障が生ずるかについて、当該不開示決定に係る行政文書の具体的記載文言等を明らかにすることなく、そこにいかなる種類、性質の情報が記載されているかという一般的抽象的観点から主張立証がされ、かつ、裁判所も判断せざるを得ないという、他の訴訟とは大きく異なった特質が存在しているのである。
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(2) |
第二に、情報公開法における不開示情報の判断においては、開示請求者ないし原告の個別的事情、動機などに関わらず、広く、不特定多数の者に対して公開されるという前提に立って、法5条各号所定の「おそれ」が生ずるか否かという判断を行わなければならないという特質がある。
さらに、情報公開法の定めた開示請求の制度は、個人的具体的利益にかかわらず、何人も開示請求をすることができるというものであって、情報公開訴訟も、開示請求者の個人的具体的利益の保護が求められているものではないという性質を有する。
すなわち、情報公開法は、開示請求権の主体を「何人も」としており(同法3条)、個人、法人、権利能力なき社団等を問わず、誰でも行政文書の開示請求ができるものとしているのであって、外国にいる外国人すら行政文書の開示請求が可能である。また、目的のいかんを問わないものであり、開示請求時に請求の目的を明示することを要しないため、政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資するという法が規定する目的を離れ、例えば、自らの個人的な利益のためのみに開示請求をする場合であっても、他人への嫌がらせ等の不当な目的であっても、さらには、何らかの違法行為を行う目的であったとしても、それを確認するすべは制度上予定され、あるいは担保されてるものではない。さらに、開示請求者の意図が正当な目的によるものであったとしても、いったん開示された情報は、どのような経路でいかなる者の手に渡るとも限らない。そうすると、開示された文書を入手した場合にどのような支障が生ずるかは、具体的特定人との関係でなく、世界中の不特定かつ様々な人と(極論すれば全世界のあらゆる人、団体)の関係で検討せざるを得ないのである。
このような観点から、行政機関の長としては、法が公開を禁止している不開示情報について、それが一般に公開された場合に生じ得る支障につき、あらゆる事態を想定し、あらゆる角度から検討を加えることは、当然のことであって、単にそのような支障が生じる確率が高いことを直接証明する証拠が乏しいなどの理由で、そのような支障が生ずるというのは杞憂にすぎないと断じることはできない。いかなる行政機関の長といえども、世界中の不特定かつ様々な人々の具体的状況を把握しているわけではないから、かかる不特定人との関係でいかなる支障が生ずるか及びその支障が生ずる確率がどの程度高いかを具体的に主張立証するなどは不可能であり、そのような立証は、原告、被告を問わず、何人もできるところではない。しかも、いったん開示した情報は、それを元に戻すことはできないのであり、その弊害は、例えば、法5条3号が保護する「国の安全」等に支障を及ぼすような場合においては、実に多大なものとなるのである。
したがって、ある情報を公にすると支障が生ずるかどうか、いかなる支障が生ずるかの判断は、当該情報が不特定の多様な人、団体に取得され、利用されることを想定した一般的なものとならざるを得ないのである。
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(3) |
以上のように、情報公開訴訟の審理においては、@具体的記載文言等を明らかにしないまま、当該不開示文書には、いかなる種類、性質の情報が記載されているかを基に、Aその種類、性質の情報が開示された場合には、不特定の多様な人々との間で、一般的には、どのような支障が生じるおそれがあるかを判断すべきことになる。
このような判断は、具体的な日時、特定の場所において、特定人との関係でいかなる具体的支障が生じ得る蓋然性がどの程度高いかなどという事実認定とは、全く質の異なる判断である。
むしろ、類型的に見ていかなる種類、性質の情報が記録されているかという事実に基づき、これを公にした場合、経験則に照らせば、不特定の多様な人々との間で、一般的にはどのような支障が生じ得るおそれがあるかを判断するというものであり、表面的な事実関係にのみ目を奪われて皮相的な観察をすることなく、幅の広い経験則に立ってすべき判断なのである。
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(4) |
現に、最高裁判所も地方自治体の情報公開条例に関する事件において同様の判断をしている。大阪府知事の交際費に関する前掲最高裁判所平成6年1月27日第一小法廷判決は、認定事実としてはわずかに「本件においては、知事の交際事務のうち懇談については、歳出額現金出納簿に懇談の相手方と支出金額が逐一記録されており、また、債権者請求書等の中にも府の担当者によって懇談会の出席者の氏名がメモ書きの形で記録されているものがあるのは前記のとおりであり、これ以外にも、一般人が通常入手し得る関連情報と照合することによって懇談の相手方が識別され得るようなものが含まれていることも当然に予想される。また、懇談以外の知事の交際については、歳出額現金出納簿及び支出証明書に交際の相手方や金額等が逐一記録されているのは前記のとおりである。」等の事実を基にし たのみである。
そして、同判決は、この事実から、「相手方の氏名等の公表、披露が当然予定されているような場合は別として、相手方を識別し得るような前記文書の公開によって相手方の氏名等が明らかにされることになれば。懇談については、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、今後府の行うこの種の会合への出席を避けるなどの事態が生ずることも考えられ、また、一般に、交際費の支出の要否、内容等は、府の相手方とのかかわり等をしん酌して個別に決定されるという性質を有するものであることから、不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるというべきである。」とし、また、交際費の支出の要否やその内容等につき、「交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、知事においても前記のような事態が生ずることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられ、知事の交際事務を適切に行うことに著しい支障を及ばすおそれがあるといわなければならない。」と認定している。
そして、大阪府知事の交際費に関する差戻後上告審である前掲最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決、栃木県知事の交際費に関する最高裁平成6年1月27日第三小法廷判決(判例時報1487号48ページ)(注6)においても同様の判断手法が用いられている。
このように、上記前提事実から、それらを一般に公開した場合に生じ得る上記支障のおそれについての判断は、必ずしも具体的な証拠や具体的な事実に基づくものではない。その前提事実とは、当該文書の不開示部分には相手方を識別し、又は識別し得る情報が記載されているというものであり、この事実をもとに、それを開示した場合、一般的にはどのような支障が生じ得るかを経験則に基づき判断・認定する手法を採用したものである。そして、かかる手法は、情報公開法における不開示情報の特質に照らしても、相当なものというべきである。
したがって、不開示決定取消訴訟においては、当該不開示決定に係る行政文書に記録された具体的な情報の内容が明らかにされてはならないだけでなく、それが公にされた場合に生じる支障の蓋然性は、それ自体が証拠に基づいて直接具体的に証明される必要はない。被告が不開示情報に該当するとする情報の類型的な性質を明らかにするなどにより、そのような情報が公にされた場合、経験則上、いかなる支障が生ずるおそれがあるかを判断することが可能な程度の主張立証をすれば、不開示情報該当性は肯定されるものというべきである。
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(5) |
そして、かかる経験則による判断は、一般的には、裁判である以上、裁判所がその権限に基づき行うべきものであるが、前述したように、情報公開法5条3号は、個別の事案に対しどのような経験則を用いるかは高度の政策的判断及び専門的技術的判断が必要とされることから、行政機関の長に第一次判断権を認めているのである。
したがって、法5条3号に基づく不開示決定の取消訴訟においては、裁判所は、独自の立場から不開示処分が理由のあるものか否かを審査し直すのではなく、上記のような経験則に基づく類型的、一般的な見地から支障が生ずるおそれがあるとした被告の判断を前提とし、その判断が著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったといえる場合に限り、当該不開示決定を違法と判断して取り消すべきことになる。
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(6) |
以上にみた情報公開訴訟の審理、司法審査の在り方は、単なる理論にとどまらず、法5条3号に基づく不開示決定の取消訴訟の訴訟運営においてもその指導原理とされるべきものである。すなわち、法律上、被告の判断が著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったことを基礎づける事実の主張立証責任は、前記のとおり原告開示請求者が負うと解されるのみならず、原告のこの主張立証は、当該不開示決定に係る行政文書に同法5条3号に該当すると被告が判断した対象である「情報」が記録されていることについての主張立証を前提とするものであるから、実際上も十分に可能である。したがって、上記不開示決定の取消訴訟においては、被告の判断が著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったとする根拠事実を原告が提示して主張立証をすべきであり、裁判所にも、このような観点から原告に再抗弁としての裁量権の逸脱・濫用に関する具体的根拠事実を主張させるなどの訴訟指揮が求められているというべきである。
情報公開法が、法5条3号の不開示事由について行政機関の長の判断を尊重し、初審的審査を排除する趣旨によっていることは、前述のとおりであるが、この立法政策はまた、行政事件訴訟法30条の規定及び同条に関する確立した主張立証責任論等の解釈理論をも基礎に置いていることは疑いがないから。上記のとおり不開示決定取消訴訟において裁量権の逸脱、濫用に関する事実の主張立証責任が原告にあることを踏まえた訴訟運営を貫くことは、情報公開法の立法趣旨の要請するところにほかならない。これと反対に、不開示決定の判断における裁量権行使に関連する事情を被告行政庁が広く明らかにすべきであるというような安直かつ模索的な訴訟運営は、情報公開法5条3号に関する立法政策をないがしろにするものである上、争点を不明確にし、審理を漂流させかねないものであって訴訟運営の観点からも相当でない。本件訴訟の当事者双方の主張立証及び訴訟運営も、このような観点から整序されてしかるべきである。被告は、本準備書面において、本件不開示決定をするに当たり法5条3号に該当すると判断した「情報」が記録されていること及び当該情報について被告は裁量権を行使し、同号の要件の充足を認めたことを主張した(後記第7)。したがって、原告は、これに対し、被告の判断が著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったといえるだけの根拠事実を主張すべきである。訴訟進行においても、原告が適時にこの主張を準備しない場合には、これを促すなどの措置が執られるべきである。
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